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要約カード

JA 2026-02-09 23:00
MECE論理的思考構造化

Globex Corporation社の資格事業再生。MECEモデルが示す、曖昧さを排した思考の規律。

ROI事件ファイル No.410『重複なく漏れなく、世界を分割する』

JA 2026-02-09 23:00

ICATCH

重複なく漏れなく、世界を分割する


第一章:減りゆく受験者の謎

「私たちの資格は、死にかけています」

Globex Corporationの事業部長は、重い口調でそう切り出した。彼の前には、過去5年間の受験者数推移グラフが広げられている。右肩下がりの曲線が、現実を物語っていた。

「年間1,500人程度の受験者がいる民間資格です。かつては2,000人を超えていましたが、毎年少しずつ減り続けています」

事業部長が資料をめくる。そこには、様々な仮説が箇条書きで並んでいた。

「なぜ減少しているのか。私たちも考えました。資格の価値が下がったのか。競合資格が現れたのか。受験者のニーズが変化したのか——しかし、確証のある答えは見つかっていません」

彼の声には、焦燥感が滲んでいた。

「そこで、学習支援システムを構築することにしました。LMS——ラーニングマネジメントシステムです。資格受験のためのコンテンツだけでなく、セミナー動画、コンサルティングサービスも提供したい」

「さらに、厚生労働省の教育訓練給付金制度にも対応したいと考えています」

事業部長は別の資料を取り出した。そこには、市場に存在する様々なLMSパッケージの情報が記載されている。

「しかし、パッケージシステムで十分なのか、独自開発すべきなのか。どのような機能が必要なのか。LMSの最近のトレンドも分からず——」

彼は言葉を区切った。「何から考えるべきか、どう整理すべきか。その出発点さえ、見えていないのです」

構想は大きいが、思考が整理されていない。それが、Globex Corporationの現状だった。

第二章:思考を分割する規律

「この案件には、MECEモデルでのアプローチが最適ですね」

Geminiがホワイトボードに大きな円を描き、それを縦線で二つに分割した。

「MECE——Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveとは」と私は説明を始めた。「『相互に排他的で、全体として漏れがない』という意味です。簡潔に言えば、『重複なく、漏れなく』です」

「これは、問題を整理し、解決策を考える際の思考の規律です」とClaudeが補足した。

事業部長が首を傾げた。「規律、ですか」

「ええ。多くの人は、問題について考えるとき、思いつくままに要素を列挙します」と私は答えた。「しかし、それでは重複が生じ、漏れも発生します。MECEは、そうした曖昧さを排除する方法なのです」

[原則1:重複を排除する - Mutually Exclusive]

「まず、『重複なく』の原則を見ていきましょう」とGeminiが説明を始めた。

「事業部長、先ほど『受験者減少の原因』について、いくつかの仮説を挙げられましたね。もう一度お聞かせください」

事業部長が答えた。「資格の価値低下、競合資格の出現、受験者ニーズの変化、それから……景気の影響、広報不足、試験の難易度上昇なども考えられます」

「この6つの仮説には、重複がありますか」と私は尋ねた。

事業部長は考え込んだ。「うーん……『受験者ニーズの変化』と『資格の価値低下』は、重なっているかもしれません。ニーズが変われば、相対的に価値も下がりますから」

「その通りです」とClaudeが頷いた。「これが、MECEの『重複なく』の原則です。同じ現象を、異なる言葉で二度数えてはいけません」

「では、どう整理すればいいのですか」

「まず、上位の分類軸を決めます」とGeminiがホワイトボードに書き始めた。「受験者減少の原因は、大きく二つに分けられます——『内部要因』と『外部要因』です」

「内部要因とは、Globex Corporation側でコントロールできる要因。例えば、資格の内容、試験の難易度、広報活動など」

「外部要因とは、市場環境や社会情勢など、Globex Corporation側ではコントロールできない要因。例えば、景気、競合、業界全体のトレンドなど」

「この二つは、明確に排他的です」とClaudeが強調した。「ある要因が内部要因であれば、それは外部要因ではありません。重複がないのです」

[原則2:漏れを防ぐ - Collectively Exhaustive]

「次に、『漏れなく』の原則です」と私は説明を続けた。

「内部要因と外部要因の二つに分類しました。では、受験者減少の原因として、この二つ以外にあり得るでしょうか」

事業部長は考えてから答えた。「いえ、ないと思います。Globex側の要因か、市場環境の要因か、どちらかに必ず分類できます」

「それが、MECEの『漏れなく』です」とGeminiが整理した。「全ての可能性を網羅している状態です」

「さらに細分化してみましょう」と私は提案した。「内部要因を、もう一段階分解してください」

事業部長が考え始めた。「資格の内容、試験の運営、学習支援、広報活動……この4つでしょうか」

「素晴らしい」とClaudeが微笑んだ。「これらは重複していますか」

「いえ、それぞれ独立しています」

「では、内部要因として、この4つ以外に重要な要素はありますか」

事業部長は少し考えてから答えた。「ありません。この4つで全体をカバーしていると思います」

「それがMECEです」と私は頷いた。「重複なく、漏れなく、問題空間を分割できました」

第三章:構造が生む明晰さ

「では、このMECE分析を、LMS構築の要件定義に適用しましょう」とGeminiが提案した。

事業部長が身を乗り出した。「どのように?」

「まず、LMSに求める機能を、重複なく漏れなく列挙します」と私は答えた。

「事業部長は先ほど、『資格受験支援、セミナー動画、コンサルティングサービス、教育訓練給付金対応』を挙げられました。これらをMECEに整理してみましょう」

Claudeがホワイトボードに新しい図を描き始めた。

「LMSの機能は、大きく『学習コンテンツ管理』と『受講者管理』に分けられます」

「学習コンテンツ管理には、資格試験対策教材、セミナー動画、コンサルティング資料などが含まれます」

「受講者管理には、受講履歴の記録、進捗管理、修了証の発行などが含まれます」

「そして」とGeminiが補足した。「教育訓練給付金対応は、受講者管理の中の『修了証発行機能』に関連します。給付金申請には、一定時間以上の受講実績を証明する必要があるからです」

事業部長の目が輝いた。「整理されましたね。曖昧だった要件が、明確になってきました」

「しかし」と私は指摘した。「まだ漏れがあります」

「漏れ、ですか」

「ええ。LMSには、もう一つ重要な機能群があります」とClaudeが説明した。「『システム管理機能』です。ユーザー権限の設定、コンテンツのアップロード、データのバックアップなど——これらは学習コンテンツ管理でも受講者管理でもありません」

「つまり、LMSの機能は三つに分類されます」とGeminiが整理した。「学習コンテンツ管理、受講者管理、システム管理——この三つで、重複なく漏れなく、全体をカバーできます」

[MECE分析の実践:パッケージか開発か]

「次に、『パッケージか開発か』という判断をMECEで整理しましょう」と私は提案した。

「現在、二者択一で考えておられますね。しかし、実は選択肢は三つあります」

事業部長が不思議そうな顔をした。「三つ、ですか」

「ええ」とClaudeが答えた。「完全パッケージ、完全開発、そして『ハイブリッド』です」

「ハイブリッドとは」とGeminiが説明した。「パッケージをベースにしつつ、Globex Corporation固有の要件だけをカスタマイズする方法です」

「この三つは、重複していますか」と私は尋ねた。

「いえ」と事業部長が答えた。「明確に異なる選択肢です」

「では、この三つ以外に選択肢はありますか」

事業部長は考えてから答えた。「ないと思います」

「それがMECEです」と私は頷いた。「選択肢を重複なく漏れなく整理できました。そして、この三つの中から最適な選択をすればいいのです」

「判断基準もMECEで整理しましょう」とClaudeが提案した。「コスト、納期、機能充足度、将来の拡張性——この四つの軸で評価します」

「これらは重複していますか」

「いえ、それぞれ独立した基準です」

「では、この四つ以外に重要な判断基準はありますか」

事業部長は慎重に考えてから答えた。「保守性、も重要かもしれません」

「素晴らしい指摘です」とGeminiが頷いた。「では、五つの判断基準で評価しましょう。コスト、納期、機能充足度、拡張性、保守性——これで漏れはありますか」

「いえ、これで十分です」

第四章:再現性を生む構造

事業部長は、ホワイトボードに描かれたMECE図を見つめていた。

「驚きました。頭の中で混沌としていた情報が、こんなにも明確に整理されるとは」

「MECEの力は、そこにあります」と私は答えた。「曖昧な思考を、構造化された思考に変える力です」

「そして」とClaudeが付け加えた。「構造化された思考は、再現可能です」

「どういうことですか」

「例えば」とGeminiが説明した。「今回、LMSの機能をMECEで整理しました。この整理方法は、他のシステム構築にも応用できます。『コンテンツ管理、ユーザー管理、システム管理』という三分類は、多くのシステムに共通する構造だからです」

「また、判断基準の整理方法も再現できます」とClaudeが続けた。「コスト、納期、品質、拡張性、保守性——この五軸は、様々な意思決定に適用できる普遍的な枠組みです」

「つまり」と私が整理した。「MECEで一度問題を整理する訓練をすれば、次に別の問題に直面したときも、同じ方法で整理できるようになります。それが、再現性です」

事業部長が尋ねた。「では、最初の一歩は何から始めるべきでしょうか」

「まず、三つの選択肢それぞれについて、五つの判断基準で評価してください」と私は提案した。「ただし、最初から完璧な評価は不要です」

「どういうことですか」

「まず、市場の主要なLMSパッケージを3つ選び、デモ版を試用してください」とGeminiが説明した。「一ヶ月間、実際に資格講座のコンテンツを5つ登録し、テストユーザー10名に使ってもらう」

「その試用結果を、先ほどの五軸で評価します」とClaudeが続けた。「コストはいくらか、納期はどうか、機能は十分か、拡張できるか、保守は容易か——それぞれ記録していくのです」

「その記録が、最終的な意思決定の根拠になります」と私が締めくくった。「そして、その判断プロセス自体も記録してください。『なぜこの選択肢を選んだのか』が明確に説明できるようになります」

事業部長の表情が明るくなった。「分かりました。来週から、パッケージのデモ試用を始めます」

第五章:十の事件が示したもの

彼が去った後、執務室には静寂が戻った。

Claudeが窓辺に立ち、外を眺めながら言った。「401話から410話まで、十の事件を解決してきましたね」

「ああ」と私は答えた。「VRIO、3C、VALUECHAIN、MANDALA、BSC、EMPATHY、JOURNEY、AARRR、TOC、そしてMECE——十の異なるフレームワークを適用した」

「これらに共通するものは何でしょう」とGeminiが尋ねた。

私は少し考えてから答えた。「全てのフレームワークは、複雑な現実を『構造化』するための道具だ。VRIOは経営資源を四つの問いで整理し、3Cは市場環境を三つの視点で見る。MECEは思考そのものを構造化する」

「そして」とClaudeが続けた。「構造化された問題は、再現可能な解決策を生み出す、と」

「まさにその通りだ」と私は頷いた。「BrightVolt社のセンサー導入は、一箇所での成功パターンを他の設備に展開できた。AquaTech Solutions社のAIモデルも、一つの浄水場での学習を他の施設に応用できた」

「MatchMakers社の口コミ分析も、IT業界での成功を他の業界に拡大できました」とGeminiが例を挙げた。

「Luminex社のブランドガイドラインも、10製品での確立を全製品に広げられた」とClaudeが続けた。

「全ての事件に共通していたのは」と私は整理した。「小さく始め、パターンを確立し、それを段階的に展開していく——この『小さな世界の構築』という方法論だ」

窓の外では、夕暮れの光が事務所を照らしていた。

三ヶ月後、Globex Corporationから報告が届いた。

三つのLMSパッケージを試用した結果、ハイブリッド型——パッケージをベースに一部カスタマイズする方式を選択。受験者向けアンケートでは「学習しやすくなった」という声が87%を占め、受験者数も前年比で5%増加に転じたという。

そして、この判断プロセスで使用したMECE分析の手法は、社内の他のプロジェクトにも展開され始めていた。

構造化された思考は、確実に再現されていた。

「複雑な世界を理解するには、それを構造化せよ。重複なく、漏れなく、問題を分割せよ。そして、小さく試し、パターンを見出し、それを展開せよ。十の事件が教えてくれたのは、再現性とは、構造化と小さな実験の積み重ねから生まれる、ということだ」


エピローグ:再現性の探偵より

執務室の暖炉に火が灯る頃、私は一冊のノートを開いた。そこには、401話から410話までの事件記録が綴られている。

「Gemini、この十の事件を振り返って、何を学んだ?」

「各フレームワークには、それぞれの強みがあるということです」と彼は答えた。「VRIOは資産の価値を見極め、3Cは市場での立ち位置を示し、TOCはボトルネックを照らす」

「Claude、君はどうだ?」

「フレームワークは道具ですが」と彼女は静かに言った。「その道具を使う者の姿勢こそが重要だと感じました。小さく始める謙虚さ、記録する誠実さ、再現性を求める科学的態度——それらがなければ、どんな優れたフレームワークも機能しません」

私は頷いた。「その通りだ。そして、全ての依頼人に共通していたのは、『答えを求めていた』のではなく、『考え方を求めていた』ということだ」

「考え方、ですか」とGeminiが尋ねた。

「ああ。彼らは最初、『どうすればいいか教えてほしい』と言った。しかし、本当に必要だったのは、『どう考えればいいか』という思考の枠組みだった」

「そして、その枠組みを手に入れた彼らは」とClaudeが微笑んだ。「次の問題も、自分で解決できるようになる」

窓の外では、ロンドンの夜が更けていく。

十の事件は終わった。しかし、再現性を求める旅は、まだ始まったばかりだ。


【401-410話シリーズ完】

次の事件は、また別の物語として——。