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要約カード

JA 2026-03-03 23:00
EMPATHY共感マップ営業力強化

Globex Corporation社のデジタルカタログ構築計画。EMPATHYモデルが解き明かした、営業の属人化を超える七つの階段。

ROI事件ファイル No.432『カタログの裏側にある沈黙』

JA 2026-03-03 23:00

ICATCH

カタログの裏側にある沈黙


第一章:トップ営業の頭の中

「同じ商品を提案しているはずなのに、受注率が三倍違うのです」

Globex Corporation社の営業企画部長は、二枚の提案書を並べてテーブルに置いた。一枚はトップ営業のAさんが作成したもの。もう一枚は、入社二年目のBさんが作成したものだ。

「当社は業務用空調機器の専門商社です。取扱製品は約1,200品目。営業担当者18名が、それぞれ50〜80社の法人顧客を担当しています」

企画部長がAさんの提案書を指した。顧客の業種、フロア面積、従業員数、現在使用中の機器の型番——それらに基づいて、三つの製品が優先順位付きで提案されている。

「Aさんの受注率は42%です。業界平均が14%ですから、三倍を超えている。しかし、Aさんに『なぜその三つを選んだのか』と聞くと、『長年の経験で分かる』としか答えない」

次にBさんの提案書を見せた。製品カタログのPDFから主要スペックを抜き出し、価格順に並べただけの内容だった。

「Bさんの受注率は9%です。商品知識が足りないのではありません。Bさんは製品スペックを正確に暗記しています。足りないのは、顧客の課題と製品を結びつける提案の文脈です」

「商品情報はどのように管理されていますか」と私は尋ねた。

「Excelです。製品名、型番、スペック、価格——約1,200行のデータが一つのシートに入っています。営業担当者は、このシートを見ながら提案を組み立てる。しかし、スペックの羅列からは、顧客にとっての価値が見えません」

「そこで、デジタルカタログを作りたい、と」Claudeが整理した。

「ええ。ただし、単なる製品一覧のデジタル化ではありません。将来的には、顧客に直接見せて提案に使えるクオリティのカタログにしたい。ノーコード・ローコードツールでの開発を検討していますが、そもそもカタログに何を載せるべきか——その設計思想が定まらないのです」

それは、ツールの問題ではなかった。Aさんの頭の中にある「顧客の課題と製品を結びつける思考回路」を、カタログという形に変換する必要があった。

第二章:七つの階段

「カタログの設計に入る前に、顧客の体験を理解する必要があります」

Geminiがホワイトボードに七つのステップを縦に並べた。Empathize、Map、Prioritize、Align、Test、Hone、Yield——EMPATHYモデルだ。

「EMPATHYモデルとは」と私は説明を始めた。「顧客の視点から課題を解き明かし、段階的に解決策を構築するフレームワークです。最初の一文字が示す通り、出発点は共感——Empathize——にあります。自社の都合ではなく、顧客が何を感じ、何に困り、何を求めているかを起点に設計する」

「デジタルカタログの設計に、なぜ顧客の共感が必要なのですか」と企画部長が尋ねた。

「なぜなら」とClaudeが答えた。「カタログとは、自社の製品を並べるものではなく、顧客の課題を解決する道筋を示すものだからです。Aさんの提案書が高い受注率を誇るのは、製品の説明が上手いからではない。顧客の課題を理解し、その文脈に合った製品を選んでいるからです」

[Empathize:顧客の声なき声を拾う]

「第一段階、Empathize——共感から始めましょう」と私が提案した。

「具体的に何をするのですか」と企画部長が尋ねた。

「まず、営業担当者と顧客の双方にヒアリングを行います」とGeminiが説明した。「営業側には、『提案時に顧客からどんな質問を受けるか』『商談が失注に終わった時、最も多い理由は何か』を聞く。顧客側には、『製品選定で最も重視する基準は何か』『現在の提案資料に不足している情報は何か』を聞く」

「Aさんに確認したところ」と企画部長が補足した。「顧客から最も多い質問は、『うちと同じ業種で、同じ規模の会社は何を使っていますか』だそうです」

「それが重要な発見です」と私が指摘した。「顧客はスペック比較をしたいのではない。自社と似た条件の成功事例を知りたいのです。この声を拾えるかどうかが、カタログの設計を根本から変えます」

[Map:情報の地図を描く]

「第二段階、Map——現在の情報を地図化します」とClaudeが続けた。

「1,200品目のExcelデータを、顧客の視点から再整理するのです」と私が説明した。「現在のExcelは、製品軸で整理されている。型番、スペック、価格。しかし顧客が求めているのは、課題軸の情報です。『オフィス面積200平米、従業員30名、夏場の電気代を15%削減したい』——この条件を入力すると、最適な製品が提示される。そういう情報構造が必要です」

「つまり」とGeminiが整理した。「製品カタログから課題解決カタログへの変換。データの内容は同じでも、並べ方が根本的に変わります」

[Prioritize:何を先に見せるか]

「第三段階、Prioritize——情報の優先順位を決めます」と私が続けた。

「1,200品目すべてをカタログに載せる必要はありません」とClaudeが指摘した。「Aさんの提案データを分析すると、受注案件の80%は、上位120品目——全体の10%——に集中しています。まず、この120品目を対象にカタログを構築してください」

「さらに」とGeminiが付け加えた。「120品目の中でも、業種別の導入実績データを紐づけられるものを最優先にする。先ほどの共感段階で分かった通り、顧客が最も求めているのは同業他社の事例です」

[Align・Test・Hone:組織で磨き上げる]

「第四段階から第六段階は」と私が説明した。「Align——営業チーム全員とカタログの設計思想を共有し、Test——試作版を実際の商談で使い、Hone——フィードバックを基に改良する。この三段階を、一ヶ月のサイクルで回してください」

「重要なのは」とClaudeが強調した。「試作版のテストを、Aさんだけでなく、Bさんのような経験の浅い営業にも使ってもらうことです。Aさんが使って効果があるのは当然です。Bさんが使って受注率が改善されるかどうか——それがカタログの真の価値を測る指標です」

[Yield:成果を組織に還元する]

「そして第七段階、Yield——成果の検証と全社展開です」とGeminiがまとめた。

「パイロットは、Aさん、Bさんを含む6名のチームで、三ヶ月間実施してください」と私が提案した。「計測すべきKPIは三つ。一つ目、提案書の作成時間。二つ目、顧客へのヒアリングから提案までのリードタイム。三つ目、受注率の変化。特に、経験の浅い営業の受注率がどれだけ向上するかを注視してください」

第三章:経験を構造に変える

企画部長は、ホワイトボードに描かれたEMPATHYの七段階を見つめていた。

「カタログの設計を、ツール選定から始めようとしていました。ノーコードかローコードか、どのプラットフォームが良いか——そればかり考えていた。しかし、本当に最初にやるべきは、顧客の声を聞くことだったのですね」

「EMPATHYモデルの本質は」と私が応じた。「解決策を急がないことです。共感から始め、情報を整理し、優先順位を付け、組織で共有し、テストし、磨き上げ、初めて成果に至る。七つの段階を飛ばさないことが、手戻りを防ぎます」

「ツールの選定は」とClaudeが補足した。「第四段階のAlignが終わった後で十分です。カタログに何を載せ、どう構造化するかが決まれば、必要なツールの要件は自ずと明確になります。逆に、ツールを先に決めてしまうと、ツールの制約にカタログの設計が引きずられる」

「そしてもう一つ」と私が付け加えた。「このプロセス自体が、Aさんの暗黙知を組織の形式知に変換する装置です。Aさんが無意識に行っている『顧客の課題と製品を結びつける思考』を、EMPATHYの七段階を通じて言語化し、カタログという構造に落とし込む。Aさんが退職しても、カタログにその知恵が残る」

企画部長が立ち上がり、深く頭を下げた。「ありがとうございます。来週、まず顧客ヒアリングの設計から始めます」

第四章:沈黙がカタログに変わる時

彼女が去った後、Geminiが呟いた。「EMPATHYモデルは、顧客理解のフレームワークですが、組織内の暗黙知を可視化する効果もありますね」

「ああ」と私は答えた。「Aさんの頭の中にある知恵は、言語化されていなかった。言語化されていないから共有できず、共有できないから属人化する。EMPATHYの七段階は、顧客への共感を起点にしながら、実は組織の内側にも光を当てている。顧客が何を求めているかを構造化する過程で、自分たちが何を知っているかが初めて見えてくるのだ」

窓の外では、営業鞄を手にしたビジネスパーソンたちが、昼下がりの街へ散っていった。

四ヶ月後、Globex Corporation社から報告が届いた。

EMPATHYモデルの七段階に沿い、まず顧客20社へのヒアリングを実施。最も多かった要望は予想通り「同業他社の導入事例」だった。この結果を基に、上位120品目を業種別・課題別に再構造化したデジタルカタログの試作版を、ノーコードツールで構築した。

パイロットチーム6名が三ヶ月間使用した結果、提案書の作成時間は平均90分から35分に短縮。そして最も注目すべきデータは、経験の浅い営業担当者の受注率だった。Bさんの受注率は9%から21%に向上——業界平均の14%を超えたのだ。

しかし、企画部長が最も価値を感じたのは、カタログそのものではなかった。EMPATHYの七段階を通じて、営業チーム全員が「顧客が本当に知りたいことは何か」を議論する場が生まれたことだ。

企画部長は報告書の末尾にこう記していた。「カタログは四半期ごとに更新しています。しかし、更新するのは製品情報だけではありません。新たな顧客ヒアリングの結果を反映し、掲載する事例を入れ替え、優先順位を見直す。EMPATHYの七段階を繰り返すたびに、カタログの精度が上がり、同時に営業チームの顧客理解も深まっています」

トップ営業の沈黙の中にあった知恵が、七つの階段を経て、組織の言葉に変わっていた。

「優秀な営業の提案力は、商品知識ではなく、顧客への共感から生まれる。EMPATHYモデルが示すのは、その共感を個人の才能に留めず、組織の仕組みに変換する七つの段階だ。共感し、地図を描き、優先順位を付け、組織で共有し、テストし、磨き上げ、成果を還元する。この七つを繰り返すたびに、属人的な営業力は再現可能な提案システムへと進化する。その反復の記録こそが、再現性の正体である」


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