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要約カード

JA 2026-03-04 23:00
JOURNEYカスタマージャーニー在庫管理

Globex Corporation社のAI需要予測・在庫管理改革。JOURNEYモデルが描き出した、勘と経験を超える七つの旅程。

ROI事件ファイル No.433『倉庫の奥で眠る三億円』

JA 2026-03-04 23:00

ICATCH

倉庫の奥で眠る三億円


第一章:勘で積み上げた山

「この棚の奥に、三億円分の部材が眠っています」

Globex Corporation社の資材調達部長は、倉庫の写真をタブレットに映し出した。天井近くまで積み上げられた段ボール箱。ラベルには二年前の日付が印字されている。

「当社は産業機械メーカーです。年間売上は約120億円。製品に使用する部材は約4,800品目。そのうち海外調達が約40%を占めています。取引先は国内外合わせて200社以上」

資材調達部長が別の画面を開いた。過去一年間の在庫推移グラフだ。赤いラインが適正在庫量を示し、青いラインが実際の在庫量を示している。青いラインは、赤いラインの上を大きく蛇行していた。

「過剰在庫の金額は、直近で約3億2,000万円。年間の在庫維持コスト——倉庫費、保険料、劣化損——だけで約4,800万円です」

「一方で、欠品も発生しているのですね」とClaudeが確認した。

「ええ。過去一年間で欠品が原因の納品遅延は47件。顧客への遅延ペナルティと緊急調達の割増コストを合わせると、年間約6,200万円の損失です」

「過剰在庫と欠品が同時に起きている」と私は指摘した。「つまり、在庫がないのではなく、在庫の配分が間違っている」

「その通りです」と資材調達部長が声を落とした。「需要予測は、担当者の勘と経験に頼っています。社内システムから過去の出荷データをダウンロードし、Excelで集計して、『去年の同時期はこのくらいだったから、今年もこのくらいだろう』と。世界情勢や市場トレンドは、ニュースを読んで個人的に判断しているだけです」

「自動発注システムは導入済みとのことですが」とGeminiが尋ねた。

「内製のシステムです。しかし、発注点と発注量が固定値なので、需要の変動に追随できません。RPAで伝票処理は自動化しましたが、『何を、いつ、どれだけ発注するか』という判断そのものは自動化できていない」

「AIの導入を検討している、と」と私は確認した。

「ええ。しかし、AIを入れれば全て解決する、とは思っていません。問題は、需要予測から発注、入庫、出庫、サプライヤー連携に至るまでの流れ全体が、どこでどう詰まっているのか——その全体像が見えていないことです」

それは、AIという道具の問題ではなかった。部材が顧客の手元に届くまでの旅路——その全行程を俯瞰し、どこに価値があり、どこに断絶があるかを見極める必要がある案件だった。

第二章:七つの旅程

「在庫管理の問題を、部材の旅として捉え直しましょう」

Geminiがホワイトボードに横長の矢印を描き、七つの区間に分けた。JOURNEYモデルだ。

「JOURNEYモデルとは」と私は説明を始めた。「顧客やモノが辿る旅程を七つの段階に分解し、各段階での体験や課題を可視化するフレームワークです。マーケティングではカスタマージャーニーとして知られますが、本質は『始点から終点までの流れの中で、どこに摩擦があるかを特定する』思考法です。今回は、部材が発注されてから製品として顧客に届くまでの旅を描きます」

[第一区間:需要の察知]

「旅の始まりは、需要の察知です」と私が最初の区間を指した。

「現在、需要をどのように捉えていますか」とClaudeが尋ねた。

「営業部門が顧客から受注見込みの情報を取り、それを資材部門に共有します。ただし、共有のタイミングがまちまちで、月に一度の会議で口頭報告される場合もあれば、受注確定の直前に急ぎで伝えられる場合もある」

「つまり」とGeminiが指摘した。「需要情報のインプットが、頻度も粒度もバラバラである。これが旅の最初の断絶です。AIがどれほど高精度な予測モデルを持っていても、入力データが不安定なら、出力も不安定になります」

[第二区間:需要の予測]

「第二区間は、察知した需要を予測に変換する段階です」と私が続けた。

「ここが現在、担当者の勘に依存している部分ですね」とClaudeが確認した。「過去の出荷データに加え、どのような外部情報を考慮すべきですか」

資材調達部長が列挙した。「為替レート、原材料価格、海上輸送のリードタイム変動、主要顧客の業績動向、そして地政学リスク。昨年、ある海外サプライヤーからの供給が二ヶ月間停止しました。紅海の航路問題で、コンテナ船が迂回を余儀なくされたためです」

「これらの外部変数を、人間がExcelで追い続けるのは不可能です」と私が断じた。「AIの需要予測モデルは、この第二区間に適用すべきです。ただし、モデルの精度を上げるには、第一区間の需要情報のインプットが安定していることが前提です」

[第三区間:発注の判断]

「第三区間は、予測を基に発注量と発注タイミングを決定する段階です」とGeminiが説明した。

「現在の自動発注システムは、固定の発注点方式ですね」とClaudeが確認した。「在庫が一定量を下回ると、一定量を発注する」

「それでは、需要の波に対応できません」と私が指摘した。「AI予測と連動した動的発注——需要予測に基づいて発注点と発注量をリアルタイムで調整する仕組みが必要です。4,800品目すべてに適用するのは現実的ではないので、まずは金額ベースで上位20%——約960品目から始めてください。パレートの法則に従えば、この960品目で在庫金額の80%をカバーできるはずです」

[第四区間:サプライヤーとの連携]

「第四区間は、発注から入庫までの区間——サプライヤーとの連携です」と私が続けた。

資材調達部長が声を強めた。「ここが最も頭を悩ませている部分です。200社以上の取引先がいますが、生産計画を共有しても、各社の在庫状況や生産キャパシティがリアルタイムで見えない。特に、後継者問題を抱えている中小サプライヤーが数社あり、将来的な供給途絶リスクも抱えています」

「サプライヤーとの情報連携には」とGeminiが提案した。「二段階のアプローチが有効です。第一段階——上位20社との間で、月次の生産計画と在庫データを共有するポータルを構築する。第二段階——そのデータをAI予測モデルにフィードし、供給リスクを事前に検知する仕組みを加える」

[第五〜第七区間:入庫・保管・出庫]

「残りの三区間——入庫検品、倉庫内保管、出庫と納品——は」とClaudeが整理した。「現在のRPAと倉庫管理システムで一定程度カバーされています。ただし、第五区間の入庫検品で不良品が発見された場合の代替発注フローが手動であり、ここにも三〜五日のタイムラグが発生しています」

「この三区間については」と私が判断した。「まずは第一〜第四区間の改善を優先し、効果を確認してから着手してください。七つの区間を一度に改善しようとすると、リソースが分散して、どこも中途半端に終わります」

第三章:旅程の地図を持つ意味

資材調達部長は、ホワイトボードに描かれた七つの区間を見つめていた。

「AI需要予測の導入だけを考えていました。しかし、予測精度を上げても、その前後の区間に断絶があれば、効果は限定的なのですね」

「JOURNEYモデルの本質は」と私が応じた。「個別の区間を最適化することではなく、旅程全体の流れを俯瞰し、最も大きな断絶を特定することです。今回の場合、最大の断絶は第一区間——需要情報のインプットの不安定さと、第二区間——予測の属人化です。ここを先に塞がなければ、第三区間以降の改善は空回りします」

「実装の優先順位としては」とClaudeが提案した。「第一に、営業部門からの需要情報を週次で構造化して共有するルールの策定。第二に、上位960品目を対象としたAI需要予測モデルの構築。第三に、予測結果と連動した動的発注ロジックの導入。この三つを、六ヶ月間のロードマップで段階的に実行してください」

「パイロットは」とGeminiが付け加えた。「欠品頻度の高い上位50品目から始めてください。この50品目の需要予測精度と欠品率の改善を三ヶ月間計測し、その結果を持って960品目への拡大を判断する」

「そして重要なのは」と私が強調した。「七つの区間それぞれの処理時間と精度を、継続的にモニタリングすることです。旅程のどこで何日かかり、どこでエラーが発生しているか。この記録が、次の改善投資の判断基準になります」

資材調達部長が立ち上がり、深く頭を下げた。「ありがとうございます。来月、まず営業部門との需要情報共有ルールの策定から着手します」

第四章:部材が正しい棚に届く日

彼が去った後、Claudeが言った。「JOURNEYモデルを在庫管理に適用するのは新鮮でした。顧客の旅だけでなく、モノの旅にも使えるのですね」

「ああ」と私は答えた。「JOURNEYの本質は、始点から終点までの流れを分解し、各区間の接続部に光を当てることだ。接続部——つまり、ある部門から別の部門へ、あるシステムから別のシステムへ情報やモノが受け渡される瞬間。そこに断絶がある。個別の区間がどれほど優秀でも、接続部が壊れていれば旅は止まる。この視点は、在庫管理でも顧客体験でも、業種を問わず使える」

Geminiが付け加えた。「そして旅程は、一度描いて終わりではない。サプライヤーの状況は変わり、市場環境は変動し、新しい技術が登場する。定期的に旅程を再描画し、断絶の位置を更新し続けること——それが、改善における再現性です」

窓の外では、大型トラックが倉庫街の角を曲がっていった。

五ヶ月後、Globex Corporation社から報告が届いた。

まず第一区間の改善として、営業部門との週次需要情報共有ミーティングを開始。受注見込みの確度を三段階(高・中・低)で数値化し、資材部門に構造化されたデータとして渡すルールを策定した。

次に第二区間として、上位50品目を対象にAI需要予測モデルを導入。過去三年間の出荷データに加え、為替レート、原材料市況、海上輸送リードタイムを外部変数として組み込んだ。

パイロット50品目の結果は明確だった。需要予測の精度は、担当者の勘による予測と比較して平均28%向上。欠品件数は月間平均6.2件から1.8件に減少。同時に、対象品目の過剰在庫は約4,700万円から2,100万円に圧縮されたという。

しかし、資材調達部長が最も驚いたのは、予想外の副次効果だった。第一区間の改善——営業部門との週次ミーティング——が、単なる需要データの共有を超え、営業と資材の協働関係を生み出したのだ。営業担当者が「この顧客の案件は三ヶ月後に確度が上がる」といった定性情報を共有するようになり、AI予測モデルの入力データの質が継続的に向上した。

資材調達部長は報告書にこう記していた。「JOURNEYの七つの区間を壁に貼り出し、月次で各区間のKPIを更新しています。パイロット50品目の成果を受け、来月から960品目への拡大に着手します。旅程の地図があるから、次にどの区間を改善すべきかが迷わず判断できる。そして、一つの区間を改善するたびに、隣接する区間にも良い影響が波及する。この連鎖を記録し続けることが、我々の在庫管理の再現性になりつつあります」

倉庫の奥で眠っていた三億円は、旅程の地図が描かれたことで、少しずつ正しい棚へと動き始めていた。

「需要予測の精度を上げることと、在庫管理を改善することは、同じではない。JOURNEYモデルが問うのは、需要の察知から顧客への納品に至るまでの旅程全体の中で、どの区間に断絶があるか——その特定だ。AIは強力な道具だが、旅程の一区間を改善する道具に過ぎない。七つの区間を俯瞰し、最大の断絶から順に塞ぎ、各区間の接続部を定期的に点検し続けること——その反復が、サプライチェーンにおける再現性の本質である」


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