ROI事件ファイル No.330｜『Fleming社の見えない投資』

第一章:老朽化という停滞——10年前のシステムが業務を止める

ChronoAnalyticsのRCD事件が解決した翌週、今度は東京から老舗商社のシステムリプレイスに関する相談が届いた。第二十七巻「再現性の追求」の最終話となる第330話は、投資の価値を数値化し、未来を買う決断をする物語である。

「探偵、我々の販売管理システムは10年前に導入したものです。受注、在庫、請求……全ての業務がこのシステムで動いています。しかし、老朽化が深刻です。処理が遅い、操作が複雑、一元管理ができない……。リプレイスを検討していますが、経営陣が決断できません。『本当に投資する価値があるのか?』と」

Fleming Enterprises社 の情報システム部長、日本橋出身のフレミング健太は困惑を隠せずにベイカー街221Bを訪れた。彼の手には、現行システムの問題点リストと、それとは対照的に「投資効果不明」と記された経営会議の議事録が握られていた。

「我々は東京で創業68年の商社です。工業製品、建材、電子部品などを扱っています。年間取引額は120億円。しかし、販売管理システムが足を引っ張っています」

Fleming社のシステム課題: - 設立:1957年(商社) - 年間売上:120億円 - 従業員数:82名(営業48名、管理18名、物流16名) - 現行システム:2015年導入(稼働10年) - 問題: - 処理速度が遅い(見積作成に15分) - アナログ業務が多い(手書き伝票、Excel転記) - 一元管理ができない(受注・在庫・請求がバラバラ) - リプレイス見積額:4,800万円 - 経営陣の懸念:「投資回収できるのか?」

フレミングの声には深い焦りがあった。

「問題は、現行システムの『何が問題なのか』を数値化できないことです。『遅い』『使いにくい』『手間がかかる』……社員は不満を言いますが、それが『年間いくらの損失なのか』が分かりません。経営陣は『4,800万円も投資して、元が取れるのか?』と言います」

典型的な業務の非効率:

営業担当Aさんの1日:

午前9時:顧客から見積依頼の電話

顧客: 「商品X、100個の見積をお願いします」

営業A: 「承知しました。15分ほどお時間をください」

見積作成作業開始:

1. 販売管理システムにログイン(起動に2分)
2. 商品マスタから「商品X」を検索(検索に3分)
3. 在庫を確認(在庫システムは別、切り替えに1分)
4. 単価を確認(過去の取引履歴から探す、5分)
5. 見積書を作成(システム上で作成、3分)
6. 見積書をPDF出力(1分)

合計:15分

営業A: 「お待たせしました。見積をメールでお送りします」

1日の見積作成:平均8件 × 15分 = 2時間

経理担当Bさんの1日:

午後2時:請求書作成

1. 販売管理システムから当月の納品データを抽出
2. データをExcelにコピー&ペースト(手作業)
3. Excelで請求書を作成(顧客ごとに手作業)
4. 印刷して、封筒に入れて郵送

1社あたり:20分 月間請求先:180社 月間作業時間:60時間(約1週間)

物流担当Cさんの1日:

午前10時:在庫確認

顧客: 「商品Y、在庫ありますか?」

営業A: 「物流部に確認します。少々お待ちください」

物流部に内線電話:

営業A: 「商品Y、在庫ありますか?」

物流C: 「確認します……(在庫システムを見る)……はい、50個あります」

営業A: 「ありがとうございます」

顧客に折り返し電話:

営業A: 「お待たせしました。在庫50個あります」

確認に:5分 1日の在庫確認:平均20回 × 5分 = 100分(1時間40分)

フレミングは深くため息をついた。

「こういった非効率が、全社で蓄積しています。でも、『年間でいくらの損失か』を計算できないため、経営陣にリプレイスの必要性を説得できません」

第二章:感覚という壁——数字がないから決断できない

「フレミングさん、現在、リプレイスの提案は、どのような内容で経営陣に提出されていますか?」

私の問いに、フレミングは答えた。

「『現行システムは古いです。処理が遅いです。新しいシステムなら、業務効率が上がります』と説明しています。しかし、経営陣は『どれくらい上がるのか?』『投資した4,800万円は回収できるのか?』と質問します。それに答えられません」

現在のアプローチ(定性説明型): - 説明:「効率が上がります」「便利になります」 - 問題:定量的な効果が示されない - 結果:経営陣が決断できない

私は投資対効果を可視化する重要性を説いた。

「投資とは、未来を買うことです。ROI——Return on Investment。投資額に対するリターンを数値化すれば、経営陣は判断できます。感覚ではなく、数字で語りましょう」

⬜️ ChatGPT｜構想の触媒

「感覚で投資を語るな。ROIで数値化せよ。回収期間が決断を生む」

🟧 Claude｜物語の錬金術師

「投資は未来を買うこと。ROIが、見えない価値を数字に変える」

🟦 Gemini｜理性の羅針盤

「ROIは投資判断の技術。コスト・効果・回収期間の3要素で、意思決定を加速せよ」

3人のメンバーが分析を開始した。Geminiがホワイトボードに「ROIフレームワーク」を展開した。

ROIの計算式:

ROI(%) = (利益 - 投資額) ÷ 投資額 × 100

投資回収期間 = 投資額 ÷ 年間利益

「フレミングさん、新システム導入のROIを、一緒に計算しましょう」

第三章:可視化という証明——業務時間を金額に変換する

Phase 1:現状の業務時間の測定(2週間)

まず、現行システムでの業務時間を詳細に測定した。

測定対象: - 営業部:見積作成、受注入力、在庫確認 - 経理部:請求書作成、入金確認、データ集計 - 物流部:在庫管理、出荷指示、棚卸

測定方法: - 各部署5名ずつ、2週間の業務時間を記録 - 作業ごとの所要時間を計測

測定結果(月間):

月間総業務時間:7,356時間

Phase 2:新システム導入後の業務時間の予測(1週間)

新システムベンダーと協議し、業務時間の短縮率を算出した。

新システムの改善内容: 1. 見積作成:自動化により15分 → 3分(80%削減) 2. 在庫確認:リアルタイム連携により5分 → 30秒(90%削減) 3. 受注入力:取引先ポータル連携により10分 → 2分(80%削減) 4. 請求書作成:自動生成により20分 → 5分(75%削減) 5. データ転記:完全自動化により2時間 → 0時間(100%削減) 6. 在庫管理:リアルタイム更新により3時間 → 1時間(67%削減)

新システム導入後の月間業務時間:

月間削減時間:6,157時間(84%削減) 年間削減時間:73,884時間

Phase 3:削減時間の金額換算(1週間)

削減された時間を金額に換算した。

人件費の計算: - 営業の平均時給:3,000円 - 経理の平均時給:2,500円 - 物流の平均時給:2,000円

年間削減コスト:

年間削減コスト合計:2億1,571万円

フレミングは驚愕した。

「年間2億円以上も、非効率な業務に消えていたのですか……」

Phase 4:ROIの計算(1日)

投資額と効果を比較した。

投資額: - 新システム導入費:4,800万円 - 初期設定・移行費用:1,200万円 - 研修費用:300万円 - 合計:6,300万円

年間効果: - 業務効率化による削減コスト:2億1,571万円 - システム運用費(増加分):年間480万円 - 実質効果:2億1,091万円/年

ROI計算:

ROI = (2億1,091万円 - 6,300万円) ÷ 6,300万円 × 100
    = 235%

投資回収期間 = 6,300万円 ÷ 2億1,091万円
              = 0.30年(約3.6ヶ月)

Phase 5:経営会議での提案(1週間後)

ROI分析を経営陣に提示した。

プレゼンテーション:

フレミング: 「現行システムの非効率により、年間2億1,571万円のコストが発生しています。新システムを導入することで、これを削減できます」

スライド:

【投資額】6,300万円
【年間効果】2億1,091万円
【ROI】235%
【投資回収期間】3.6ヶ月

社長: 「……3.6ヶ月で回収できるのか?」

フレミング: 「はい。現在、営業は見積作成に月2,880時間を費やしています。新システムなら576時間で済みます。この差だけで、年間8,294万円の削減です」

役員A: 「でも、本当にそんなに削減できるのか? 机上の空論では?」

フレミング: 「他社の導入実績を確認しました。同規模の企業で、平均70〜85%の業務時間削減を達成しています。我々の試算は84%削減ですので、妥当な範囲です」

社長: 「分かった。投資を承認する」

満場一致で可決

第四章:解放という成果——12ヶ月後の業務革命

Phase 6:新システムの導入(6ヶ月)

6ヶ月かけて、新システムを段階的に導入した。

導入スケジュール: - Month 1-2:要件定義、カスタマイズ - Month 3-4:データ移行、テスト - Month 5:研修、並行稼働 - Month 6:本稼働

12ヶ月後の成果:

業務時間の削減(実績): - 月間業務時間:7,356時間 → 1,280時間(83%削減) - 年間削減時間:72,912時間(予測73,884時間の98.7%を達成)

業務の変化:

営業担当Aさん: - Before:見積作成15分 → After:3分(80%削減) - 空いた時間で顧客訪問が増加 - 月間訪問数:平均40社 → 平均68社(+70%)

経理担当Bさん: - Before:請求書作成に月60時間 → After:月15時間 - 空いた時間で財務分析を実施 - 「これまで請求書を作るだけで精一杯でしたが、今は経営に役立つ分析ができます」

物流担当Cさん: - Before:在庫管理に1日3時間 → After:1日1時間 - 空いた時間で在庫最適化プロジェクトを立ち上げ - 過剰在庫の削減に成功

財務成果:

削減コスト(実績): - 年間削減コスト:2億1,091万円(予測通り) - システム運用費:年間480万円 - 実質効果:2億611万円

ROI(実績):

ROI = (2億611万円 - 6,300万円) ÷ 6,300万円 × 100
    = 227%

投資回収期間 = 3.7ヶ月(ほぼ予測通り)

売上への影響: - 営業の顧客訪問増加により、新規契約が増加 - 年間売上:120億円 → 132億円(+10%)

社長の総括:

「システムリプレイスは、当初『本当に必要なのか?』と懐疑的でした。4,800万円という金額は決して小さくありません。

しかし、ROI分析で『3.6ヶ月で回収できる』という数字を見て、投資を決断しました。そして、実際に3.7ヶ月で回収できました。

業務効率化により、社員は本来やるべき仕事に集中できるようになりました。営業は顧客訪問、経理は財務分析、物流は在庫最適化……。見積書を15分かけて作る時間が、価値ある時間に変わりました。

ROIは、投資の価値を可視化する技術です。『効率が上がります』という感覚的な説明ではなく、『3.6ヶ月で回収できます』という数字が、意思決定を可能にしました」

第五章:探偵の診断——第二十七巻「再現性の追求」完結

その夜、ROIの本質について考察した。

Fleming社は、システムの老朽化に悩んでいた。しかし、「投資する価値があるか」を証明できなかった。

ROIで投資対効果を可視化したことで、意思決定が加速した。年間2億円の非効率が数字で明らかになり、3.6ヶ月で回収できることが証明された。

「投資は未来を買うこと。ROIが、見えない価値を数字に変える」

第二十七巻「再現性の追求」、ここに完結。

No.321からNo.330までの10の事件を通じて、我々は再び一つの真理を確認した。

ビジネスの成功は、再現可能である。

第321話のNexBridgeは、OKRで組織の方向を揃えた。第322話のFrontierは、JTBDで顧客の仕事を理解した。第323話のSceneCastは、Scene-Castで空間を行動に変えた。第324話のBlueOceanは、ブルーオーシャンで競争を避けた。第325話のMatrix Visionは、6Dマトリクスで課題を立体視した。

第326話のEmpathy Designは、EMPATHYマップで感情を設計した。第327話のJourneyWorksは、カスタマージャーニーで体験を繋いだ。第328話のMandala Techは、MANDALAチャートで発想を構造化した。第329話のChronoAnalyticsは、RCDモデルで時間を再設計した。

そして、第330話のFleming Enterprisesは、ROIで投資を数値化した。

再現性とは、一度の成功を何度でも繰り返す技術だ。そして、その技術は誰もが習得できる。

第二十七巻、ここに完結。

しかし、探偵の旅は終わらない。次なる巻では、さらに深い再現性の領域へと足を踏み入れることになるだろう。

ベイカー街221Bの灯りは、今夜も消えることはない。

「投資は未来を買うこと。ROIで効果を数値化し、回収期間を示せ。感覚ではなく、数字が意思決定を加速する」——探偵の手記より

— 第二十七巻「再現性の追求」完 —

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