ROI事件ファイル No.335｜『Globex Corp.の10年間の沈黙』

第一章:10年という停滞——変えられないシステム

Globex社のEC業務効率化事件が解決した翌週、今度は基幹システムの老朽化に関する相談が届いた。第二十七巻「再現性の追求」の第334話は、表面的な問題の奥にある真実を掘り下げる物語である。

「探偵、我々の基幹システムは、10年以上前にスクラッチで開発されたものです。機能は豊富ですが、使いこなせていません。保守費用は年間1,200万円。アップデートのたびに、さらに費用がかかります。そして、発注業務は未だにFAXと電話です」

Globex Corp. の情報システム部長、那覇出身の金城達也は、疲弊した表情でベイカー街221Bを訪れた。彼の手には、基幹システムの仕様書と、それとは対照的に「機能使用率:42%」と記された分析資料が握られていた。

「我々は、金秀鋼材という子会社を運営しています。鉄鋼製品の卸売業です。取引先は約800社。年間売上は62億円。しかし、基幹システムが足を引っ張っています」

Globex Corp.(金秀鋼材)の基幹システム: - 導入:2013年(スクラッチ開発) - 最後のリプレイス:2013年(導入時) - 経過年数:12年 - 年間保守費用:1,200万円 - 機能使用率:42%(実装機能の半分以上が未使用) - 問題:高額な保守費用、使いこなせない機能、データ入力の手作業、発注業務がFAX・電話

金城の声には深い焦りがあった。

「12年前、我々は『最高のシステムを作ろう』と考えました。だから、スクラッチで開発しました。在庫管理、受発注管理、会計連携、顧客管理、全てを統合しました。機能は豊富です。しかし、使いこなせていません。なぜなら、画面が複雑すぎるからです」

典型的な問題の事例:

問題1:発注業務が手作業(FAX・電話) - 現状:取引先からの注文を、FAXまたは電話で受ける - システムには発注データ連携機能がある - しかし、取引先の多くが中小企業で、システム連携できない - 結果:受注担当者が手動でデータ入力(1件あたり5分)

問題2:データ入力が手作業で負荷が高い - 現状:受注データ、在庫データ、出荷データを手動入力 - 月間受注件数:約3,000件 - データ入力時間:3,000件 × 5分 = 15,000分(250時間/月) - 担当者:8名が分担

問題3:保守・アップデート費用が高額 - 年間保守費用:1,200万円 - 内訳: - 定期保守(サーバー管理、バグ修正):600万円 - アップデート(機能追加、OSアップデート):600万円 - 理由:スクラッチ開発のため、特注品。ベンダーの言い値

問題4:機能を使いこなせていない - 実装機能:120機能 - 使用機能:50機能(42%) - 未使用の理由: - 画面が複雑で、操作方法が分からない(68%) - 研修が不足している(22%) - そもそも必要ない機能だった(10%)

問題5:画面が見づらい - UI:12年前のデザイン(Windows XP風) - フォントが小さく、色使いが地味 - 多機能すぎて、どこに何があるか分からない

金城は深くため息をついた。

「我々は、この3年間、リプレイスを検討してきました。複数のベンダーに見積もりを依頼しました。しかし、どのベンダーも『現状のシステムを移行するには、2,000万円以上かかる』と言います。そして、『標準パッケージでは対応できない』とも言われます。だから、リプレイスできずにいます」

第二章:表面という罠——問題の奥に問題がある

「金城さん、なぜ、リプレイスができないのだと思いますか?」

私の問いに、金城は即答した。

「費用が高いからです。2,000万円以上の予算を確保するのは難しいです」

現在の理解(費用問題型): - 認識:リプレイスができないのは、費用が高いから - 問題:根本原因が見えていない

私は、表面的な問題の奥にある真の原因を掘り下げる重要性を説いた。

「問題は、費用だけではありません。『なぜ、費用が高いのか』『なぜ、標準パッケージで対応できないのか』。この『なぜ』を5回繰り返すことで、根本原因が見えてきます。5WHYS——なぜを5回繰り返す分析手法。これが、本質的な解決策を導きます」

⬜️ ChatGPT｜構想の触媒

「表面を見るな。根本を見よ。5WHYSで『なぜ』を掘り下げ、真の原因を見つけよ」

🟧 Claude｜物語の錬金術師

「10年間の沈黙は、いつも『最初の選択』に起因する。その選択を問い直せ」

🟦 Gemini｜理性の羅針盤

「5WHYSは深掘りの技術。表面的な問題の奥にある、根本原因を見抜け」

3人のメンバーが分析を開始した。Geminiがホワイトボードに「5WHYSのフレームワーク」を展開した。

5WHYSの手法: 1. 問題を明確にする 2. 「なぜ?」を問う(1回目) 3. その答えに対して「なぜ?」を問う(2回目) 4. さらに「なぜ?」を問う(3〜5回目) 5. 根本原因が見つかったら、解決策を立てる

「金城さん、では始めましょう。まず、問題を明確にしてください」

第三章:掘り下げという発見——5回の「なぜ」

Phase 1:5WHYS分析(2週間)

問題の明確化: 「我々は、基幹システムのリプレイスができない」

WHY 1:なぜ、リプレイスができないのか?

金城:「リプレイス費用が2,000万円以上かかり、予算を確保できないからです」

WHY 2:なぜ、リプレイス費用が2,000万円以上かかるのか?

金城:「現在のシステムがスクラッチ開発で、特注品だからです。標準パッケージでは対応できないと、ベンダーから言われました」

私:「なぜ、標準パッケージでは対応できないのですか?」

金城:「我々の業務フローが、特殊だからです。鉄鋼製品の卸売業は、業態ごとに細かい違いがあります。だから、標準パッケージでは対応できないと思っていました」

WHY 3:なぜ、業務フローが特殊だと思っているのか?

金城:「…(5秒沈黙)…実は、本当に特殊なのかは分かりません。12年前、システムを導入する際に、『我々の業務は特殊だから、スクラッチで開発しよう』と決めました。しかし、他社がどんなシステムを使っているのか、調べたことがありません」

私:「では、実際に他社を調べてみましょう。同業他社が、どんなシステムを使っているのか」

Phase 2:同業他社の調査(1週間)

鉄鋼製品卸売業の5社に、使用している基幹システムをヒアリングした。

調査結果:

A社(年間売上80億円): - システム:某ERP標準パッケージ - 導入費用:800万円 - 年間保守費用:240万円 - 評価:「標準パッケージで十分対応できる」

B社(年間売上55億円): - システム:某クラウド型基幹システム - 導入費用:450万円 - 年間保守費用:120万円(月額10万円) - 評価:「クラウドなので、アップデートも自動」

C社(年間売上70億円): - システム:某業界特化型パッケージ - 導入費用:900万円 - 年間保守費用:300万円 - 評価:「鉄鋼業界向けにカスタマイズされているので、使いやすい」

発見: - 同業他社の多くが、標準パッケージを使用 - 導入費用は450万〜900万円程度 - 年間保守費用は120万〜300万円(Globex Corp.の1,200万円と比べて大幅に安い)

WHY 4:なぜ、12年前にスクラッチ開発を選んだのか?

金城:「当時の情報システム部長(現在は退職)が、『最高のシステムを作りたい』と考えたからです。ベンダーからも『御社の業務は複雑なので、スクラッチ開発が最適です』と提案されました」

私:「その提案を、誰が評価しましたか? 複数のベンダーから見積もりを取りましたか?」

金城:「…いえ、1社からの提案だけで決めました。当時は、システムの知識がある人が社内にいませんでした。だから、ベンダーの言うことを信じました」

WHY 5:なぜ、ベンダーの言うことをそのまま信じたのか?

金城:「社内にシステムの知見がなかったからです。そして、『最高のシステムを作れば、全ての問題が解決する』と思っていました。でも、実際には違いました。高額なシステムを導入しても、使いこなせなければ意味がありませんでした」

根本原因の発見:

5回の「なぜ」を繰り返したことで、根本原因が見えてきた。

根本原因: 1. 社内にシステムの知見がなく、ベンダーの提案を鵜呑みにした 2. 複数のベンダーから見積もりを取らず、1社だけで決定した 3. 「最高のシステム=スクラッチ開発」という誤解があった 4. 標準パッケージで対応できるかを検証しなかった

第四章:解決という再構築——標準パッケージで十分だった

Phase 3:解決策の策定(2週間)

根本原因をもとに、解決策を策定した。

解決策1:標準パッケージの再検討 - 同業他社の調査結果をもとに、標準パッケージで対応可能と判断 - 3社のパッケージベンダーに見積もりを依頼

解決策2:業務フローの見直し - 「我々の業務は特殊」という思い込みを捨てる - 標準パッケージに合わせて、業務フローを調整

解決策3:複数ベンダーからの見積もり取得 - 競争原理を働かせ、適正価格を見極める

Phase 4:ベンダー選定(4週間)

3社のパッケージベンダーに見積もりを依頼した。

ベンダーD社: - システム:ERP標準パッケージ - 導入費用:1,200万円 - 年間保守費用:360万円 - 特徴:大企業向け、多機能

ベンダーE社: - システム:クラウド型基幹システム - 導入費用:600万円 - 年間保守費用:180万円(月額15万円) - 特徴:中小企業向け、シンプル

ベンダーF社: - システム:業界特化型パッケージ - 導入費用:850万円 - 年間保守費用:280万円 - 特徴:鉄鋼業界向けにカスタマイズ済み

選定結果:ベンダーF社

選定理由: - 鉄鋼業界向けにカスタマイズされており、業務フローに近い - 導入費用が適正(850万円 < 現在のシステム保守費用1,200万円/年) - 年間保守費用が大幅に削減(280万円 < 1,200万円、76%削減) - EDI連携機能があり、発注業務の自動化が可能

Phase 5:EDI連携による発注業務の自動化(6ヶ月)

ベンダーF社のシステムには、EDI(Electronic Data Interchange)連携機能があった。

EDI連携の仕組み: - 取引先の一部(大手企業30社)が、EDIに対応 - 注文データを電子的に送信 - 基幹システムが自動で受注データを作成 - 手動入力が不要

対象: - EDI対応可能な取引先:30社(全800社の4%) - しかし、売上比率:45%(年間売上62億円の28億円)

効果: - 月間受注件数:3,000件 - EDI連携:1,350件(45%) - 手動入力:1,650件(55%) - 削減時間:1,350件 × 5分 = 6,750分(112.5時間/月)

第五章:標準化という成果——12ヶ月後の復活

12ヶ月後の成果:

コスト削減:

導入費用: - Before(12年前):スクラッチ開発 3,500万円 - After:標準パッケージ 850万円(76%削減)

年間保守費用: - Before:1,200万円 - After:280万円(77%削減)

削減額: - 年間920万円の削減 - 投資回収期間:850万円 ÷ 920万円 = 0.92年(約11ヶ月)

業務効率化:

発注業務: - Before:月間3,000件を全て手動入力(250時間/月) - After:1,650件のみ手動入力(137.5時間/月) - 削減:112.5時間/月(45%削減)

データ入力: - Before:複雑な画面で、1件5分 - After:シンプルな画面で、1件3分 - 削減:1,650件 × 2分 = 3,300分(55時間/月)

合計削減: - 112.5時間 + 55時間 = 167.5時間/月 - 年間:2,010時間 - 人件費削減:2,010時間 × 2,500円(時給) = 502.5万円/年

機能使用率の向上:

Before: - 実装機能:120機能 - 使用機能:50機能(42%)

After: - 実装機能:80機能(必要な機能のみ) - 使用機能:72機能(90%)

理由: - 標準パッケージは、無駄な機能が少ない - UIがシンプルで、操作方法が分かりやすい - ベンダーF社が研修を実施(3日間)

組織の変化:

システム部門の意識改革:

金城:「5WHYSを実施するまで、我々は『リプレイスできない理由』ばかり考えていました。費用が高い、業務が特殊、標準パッケージでは対応できない。しかし、『なぜ』を5回繰り返したことで、真の原因が見えました。

12年前、我々は『最高のシステム=スクラッチ開発』という誤解を持っていました。ベンダーの提案を鵜呑みにし、複数社から見積もりを取りませんでした。そして、標準パッケージで対応できるかを検証しませんでした。

今回、同業他社を調査したことで、『我々の業務は特殊ではない』と気づきました。標準パッケージで十分対応できました。そして、年間920万円のコスト削減と、業務効率化を実現しました」

現場担当者の声:

受注担当者A: 「新しいシステムは、とにかく使いやすいです。以前のシステムは、画面が複雑で、どこに何があるか分かりませんでした。でも、新しいシステムは、シンプルです。研修も3日間受けましたが、すぐに使いこなせるようになりました」

受注担当者B: 「EDI連携が素晴らしいです。大手取引先30社からの注文は、自動で受注データが作成されます。私たちは、確認ボタンを押すだけです。これで、月112時間の削減になりました」

第六章:探偵の診断——表面ではなく、根本を見よ

その夜、根本原因分析の重要性について考察した。

Globex Corp.は、「リプレイスできない理由」ばかり考えていた。費用が高い、業務が特殊、標準パッケージでは対応できない。しかし、これらは表面的な問題だった。

5WHYSで「なぜ」を5回繰り返したことで、根本原因が見えた。12年前の誤った選択——ベンダーの提案を鵜呑みにし、スクラッチ開発を選んだこと。これが、全ての問題の根源だった。

標準パッケージを再検討したことで、年間920万円のコスト削減と、業務効率化を実現した。10年間の沈黙は、ようやく終わった。

「表面を見るな。根本を見よ。5WHYSで『なぜ』を掘り下げ、真の原因を見つけよ。解決策は、いつも根本原因の中にある」

次なる事件もまた、根本原因を掘り下げる瞬間を描くことになるだろう。

「なぜを5回繰り返せ。表面的な問題の奥に、真の原因がある。12年前の選択を問い直し、標準化せよ。最高のシステムとは、使いこなせるシステムだ」——探偵の手記より

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