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要約カード

JA 2026-03-15 23:00
DESIGN_THINKING医療業務効率化

Medico Innovations社の電子カルテリプレイス依頼。デザイン思考が照らし出した、医師の指先が止まる瞬間の正体。

ROI事件ファイル No.444『カルテが語れない言葉』

JA 2026-03-15 23:00

ICATCH

カルテが語れない言葉


第一章:検査結果が眠る画像フォルダ

「血液検査の結果を過去と比較しようとすると、三つの画像ファイルを別々に開いて、頭の中で照合しなければなりません」

Medico Innovations社のオペレーション責任者、アリサ・ラモス氏は、そう言いながらパソコンの画面を見せた。タイとフィリピンに計七拠点のクリニックを展開する同社の電子カルテ画面には、患者の検査結果がJPEGファイルのサムネイルとして並んでいる。

「現行システムは香港のベンダーが提供しています。導入当初は問題なかったのですが、クリニックの規模が拡大するにつれ、限界が見えてきました。特に——」アリサ氏が続けた。「医師によってカルテの書き方が全く違うんです。ある医師は診察メモを長文で入力し、別の医師はほぼ空白のまま。フィールドの自由度が高すぎて、情報の標準化ができていない」

「香港拠点のクリニックが閉鎖されるとのことでしたが」と私は確認した。

「五月に契約見直しが必要です。同時に、マニラに新規出店を予定しており、新システムへの移行は待ったなしの状況です」

「スタッフ側の声はどうですか」とClaudeが尋ねた。

「受付スタッフが最も不満を持っているのは会計処理です。診察記録と会計システムが連動していないので、診察後に手入力で転記している。一日に五十件の診察があれば、五十回の転記が発生します」

私は手帳を閉じた。問題はシステムのリプレイス先をどこにするかではなく、「誰の、どの体験を改善するか」という問いを立てることだった。

第二章:共感から始まる設計

「この案件には、デザイン思考を使います」

Claudeがホワイトボードに五つの段階を横に並べた。共感、定義、アイデア発想、プロトタイプ、テスト——右に向かって矢印が続く。

「デザイン思考の本質は」と私が説明を始めた。「解決策を考える前に、ユーザーの体験を深く理解することです。電子カルテのリプレイスという課題では、ユーザーは少なくとも三者います。医師、看護師・スタッフ、そして患者。この三者が、それぞれどこで摩擦を感じているかを可視化することが、システム要件の出発点になります」

[共感フェーズ:指が止まる瞬間を探す]

「まず、KOE-Scoreで各スタッフの声を構造化してみましょう」とGeminiが提案した。

アリサ氏が事前に収集していたスタッフへのヒアリングメモをツールに入力すると、不満の分布が可視化された。頻度が最も高かった声は「入力場所が分からない」ではなく、「入力しても次に活かされている気がしない」だった。

「これは重要な発見です」とClaudeが指摘した。「スタッフは操作の複雑さに不満を持っているのではなく、自分が入力したデータが医療の質に貢献しているという実感が持てないことに疲弊している」

「医師の立場では」と私が続けた。「検査結果が画像ファイルで保存されているという問題の本質は、比較分析ができないことではありません。同じ患者の経時変化を一目で掴めないため、診察の精度と速度の両方が落ちていることです」

[定義フェーズ:三者の摩擦を一つの問いに]

「共感フェーズで集めた声を、一つの問いに絞り込みます」とGeminiが続けた。「医師は——診察室でカルテを開いた瞬間に患者の状態変化を把握できていない。スタッフは——入力したデータが業務の流れに生きていない。患者は——何度も同じことを聞かれる」

「この三つを貫く問いは」とClaudeが整理した。「『情報が生まれた場所で死んでいる』という構造的な問題です。入力されたデータが次のアクションに連動しない設計が、医師・スタッフ・患者の三者に異なる形で摩擦を生んでいる」

「システム要件の核心は」と私がまとめた。「スペックではありません。データが入力された瞬間に、別の誰かの仕事を楽にする連動性——それがこのシステムに求められる本質的な機能です」

[アイデア発想・プロトタイプフェーズ]

「このフェーズでは」とGeminiが提案した。「候補システムを二つ選び、同じ患者ケースを両方で入力する比較テストをしてください。評価軸は四つです。検査結果の経時表示、医師間のカルテ標準化、診察から会計への自動連携、多拠点間のデータ共有速度」

「重要なのは」とClaudeが強調した。「ITチームではなく、最も不満を持っているスタッフにテストをさせることです。システムの評価者は、最もシステムに苦しんでいる人であるべきです」

[テストフェーズ:一拠点で三ヶ月]

「最後に、テストフェーズです」と私が続けた。「一拠点を選んで三ヶ月の試験運用を行い、五つのKPIを計測してください。診察一件あたりのカルテ入力時間、会計転記のエラー率、スタッフの残業時間、医師の診察満足度スコア、そして患者の同一情報再確認回数です」

「この五つが揃えば」とGeminiが補足した。「ROIの算出が可能になります。ROI Proposal Generatorに入力すれば、投資回収の試算と経営層への提案書が自動生成できます」

第三章:医師の指先が動き続けるために

アリサ氏はホワイトボードの五段階を見つめた。

「システムのスペックを比較することばかり考えていました。でも、今日気づいたのは、私たちが解決したかったのは技術の問題ではなく、人の体験の問題だったということです」

「デザイン思考の核心は」と私が応じた。「ユーザーの体験に共感することを、設計プロセスの起点に置くことです。機能要件から始めると、使われないシステムが生まれる。共感から始めると、現場が手放したくないシステムが生まれる」

「共感フェーズで時間をかけることを」とClaudeが付け加えた。「経営層は遠回りだと感じるかもしれません。しかし、ユーザーの声を聞かずに選んだシステムが現場に定着しなかった場合のコストは、共感フェーズに費やした時間の何十倍にもなります」

アリサ氏が頷いた。「来週、全拠点のスタッフと医師に、同じ質問をしてみます。あなたの指が最も止まる瞬間はどこですか、と」

第四章:データが次の手に届く日

六ヶ月後、アリサ氏から報告が届いた。

デザイン思考の五段階を経て選定した新システムは、フィリピン拠点での三ヶ月試験運用を通過し、全七拠点への展開が完了した。

診察一件あたりのカルテ入力時間は平均十四分から八分に短縮。会計転記のエラー率はゼロになった。最も劇的な変化は、スタッフの残業時間だった。移行前は月平均二十二時間だった残業が、七時間に減少した。

しかしアリサ氏が最も誇らしげに記したのは、数字ではない変化だった。「先週、一人のスタッフが自分から言いました。最近、入力することが苦じゃなくなったと。自分が入れたデータを先生が診察で使っているのが分かるから、と」

カルテが語れなかった言葉が、ようやく次の手に届き始めていた。

「電子カルテを変えることは、医療を変えることだ。しかし、システムのスペックを比較することから始めると、変わるのは画面だけになる。デザイン思考が問うのは、誰の指が止まっているか、だ。共感から始まる設計は、スタッフが入力することに意味を感じ、医師が画面から目を離さず、患者が同じことを繰り返し聞かれない——そういう連鎖を生む。投資の正当性は、スペックシートではなく、現場の指先が証明する」


関連ファイル

design_thinking

使用ツール

  • KOE-Score — スタッフの声を構造化・可視化
  • ROI Proposal Generator — 試験運用データから投資回収試算と提案書を自動生成

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