ROI事件ファイル No.453『七十枚の繰り返し』
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七十枚の繰り返し
第一章:少し、の重さ
「少し時間がかかっているんですが、どうにかなりませんか」
AutoVantage社の店長、桐島賢一氏は、そう言いながら頭を掻いた。北海道の郊外に構えるこの中古車販売店では、三名のスタッフが入れ替わり立ち替わり、画面の前に座っては同じ作業を繰り返していた。
「中古車の登録作業です」と桐島氏が説明した。「一台仕入れるたびに、車の写真を撮影して、販売サイトに画像を登録します。現在は、撮影した画像を一枚ずつドラッグ&ドロップして、決まったフォームに入れていく。一台あたり七十枚前後の画像を手作業でやっている」
「一台あたり、どのくらいかかりますか」と私は尋ねた。
「十五分、二十分くらいです」と桐島氏が答えた。
Claudeが静かに問い返した。「月に何台、登録していますか」
「最近は多くて、月に五十台ほどです」
「五十台で、一台あたり平均十七・五分として——」とGeminiが手元で計算した。「月に八百七十五分。約十四・六時間です」
桐島氏が目を丸くした。「そんなになりますか」
「少し、という言葉が隠していた数字です」と私が言った。「月に十五時間、スタッフが登録作業に縛られている。その間、顧客への対応が止まっている。これが、今日の依頼の本当の問いです」
第二章:曖昧な言葉を数字に変える
「この案件には、BOMが必要です」
Claudeがホワイトボードに書いた。BOM——Basis Of Measurement。測定基準の確立。
「BOMとは、曖昧な言葉をスケール化し、具体的な数値に変換するフレームワークです」と私が説明した。「『少し時間がかかる』という表現には、人によって全く異なるイメージがある。店長にとっての『少し』と、スタッフにとっての『少し』は、おそらく違う。ROIの計算も、改善提案も、正確な数字がなければ始まりません」
「まず、現状の数字を正確に測りましょう」とGeminiが提案した。「今週、登録作業の時間を一台ずつストップウォッチで計測してください。七十枚の場合と、枚数が増減した場合のバラつきも記録してほしい」
一週間後、桐島氏が持ってきたデータをROI Polygraphに入力した。
「計測結果です」とGeminiが画面を見ながら言った。「一台あたりの登録時間は最短十二分、最長二十六分。平均は十八・三分。枚数は六十二枚から八十一枚の範囲でバラついています。時間のバラつきの主な原因は——ファイル名の整理作業です。撮影時のファイル名がバラバラなため、どの写真をどのフォームに入れるか、毎回確認が必要になっている」
「つまり」と私が整理した。「七十枚のドラッグ&ドロップ自体より、ファイル名の確認と整理に時間を取られている。問題の所在が変わりました」
桐島氏が顔を上げた。「言われてみると——撮影の順番と、フォームの入力順が一致していないから、確認しながらやらないと間違えるんです」
[数字でRPAの効果を見積もる]
「RPAの導入を検討しているとのことでしたが」とClaudeが続けた。「BOMで数字を揃えたので、効果を正確に試算できます。RPAが対応できるのは、ルール化された繰り返し作業です。今回の問題は二層構造になっています」
「第一層——撮影段階のルール化。ファイル名に車両番号と撮影箇所を自動で付与するルールを設けることで、後工程の確認作業がなくなります。これは技術導入ではなく、運用ルールの変更だけで対応できる」
「第二層——登録作業のRPA化。ファイル名が整理された状態であれば、RPAは一台あたりの登録作業を三分以内で完了できます。現在の十八分から三分への短縮——短縮率は八十三パーセントです」
「月五十台で計算すると」とGeminiが加えた。「月間の登録作業時間は九百十五分から百五十分に削減されます。差分は七百六十五分——約十二・八時間。この時間が、顧客対応に戻ってくる」
桐島氏が数字を書き写しながら、静かに言った。「月に十三時間が戻ってくる。スタッフ一人が半月分の顧客対応を増やせる計算ですね」
第三章:数字が動かす判断
「RPA導入の意思決定に必要なのは」と私が続けた。「費用と効果の対比です。ROI Proposal Generatorで試算してみましょう」
工数削減による人件費換算、RPA導入費用、ランニングコスト——数字を入力すると、試算が返ってきた。投資回収期間は七ヶ月。ただし前提条件として、第一層の撮影ルール化が先に完了していること、という注記が添えられた。
「ここが重要です」とClaudeが強調した。「RPAを入れる前に、撮影時のファイル命名規則を統一する。これをしないと、RPAが読み込むデータが毎回バラバラで、エラーが頻発します。第一層の運用ルール変更に二週間、その後にRPAの導入作業に入る——この順序を守ることで、七ヶ月の回収が実現します」
「第一層だけでも、効果は出ます」とGeminiが補足した。「ファイル名を整理するだけで、確認作業がなくなり、登録時間は十八分から十二分前後に縮まります。RPAを待たずに、今週から始められる改善です」
桐島氏が腕を組んで考えた。「確かに——ファイル名の整理は、今日からできますね。スタッフに相談して、撮影のルールから変えてみます」
「BOMの力は」と私が言った。「『少し時間がかかる』という言葉を数字に変えることで、何から手をつければいいかが見えることです。感覚で動くと、大掛かりなRPA導入から始めたくなる。数字で見ると、最初の一手は撮影ルールの変更だと分かる」
第四章:七十枚の先にあるもの
桐島氏が立ち上がりながら、ふと言った。
「登録作業が減ると、スタッフが何をするか、考えていませんでした。時間が戻ってきたとして——その時間を何に使うかを、あらかじめ決めておかないと、また別の作業で埋まりますね」
「その通りです」と私が応じた。「効率化は目的ではない。戻ってきた時間で何を生み出すか、が本当の問いです。月に十三時間が顧客対応に戻るとして、その時間で何件のアポイントが増えるか、何件の成約が上乗せされるか。BOMは、その計算の土台になります」
窓の外では、駐車場に並んだ中古車が冬の陽光を浴びて光っていた。
四ヶ月後、桐島氏から報告が届いた。
第一週に撮影ルールを変更。ファイル命名規則の統一だけで、登録時間は平均十一・二分に短縮された。二ヶ月後にRPAを導入し、登録時間は二・八分まで圧縮された。
月間の登録作業時間は、九百十五分から百四十分に削減。戻ってきた時間は、既存顧客へのフォロー電話と試乗案内に充てられた。四ヶ月間で、成約率が導入前比で十一パーセント向上した。
桐島氏の報告書には、こう記されていた。「『少し時間がかかる』という言葉を数字にしてみるまで、これほどの問題だとは思っていませんでした。数字にして初めて、何が問題で、何から手をつければいいかが見えました。BOMは、言葉を翻訳するフレームワークだと思います」
七十枚の繰り返しの向こうに、別の仕事が待っていた。
「業務の問題は、曖昧な言葉に隠れている。『少し時間がかかる』は感想だ。測定するまで、問題の大きさも、改善の順序も、投資の価値も分からない。BOMが問うのは、それは何分か、何件か、何円か、だ。数字に変えた瞬間、問題は問題の顔をやめ、解決可能な課題の顔を持ち始める。曖昧さをスケールに変える習慣が、正しい一手目を生む」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 計測データの分析と工数ボトルネックの特定
- ROI Proposal Generator — RPA導入の投資回収シミュレーション