📅 2025-06-30
🕒 読了時間: 11 分
🏷️ ワークフロー 🏷️ 属人化 🏷️ 医療業界 🏷️ 業務改善 🏷️ SaaS導入
「100名が使えるワークフローを探してるんです」
Civitas OrthoWorksの総務部長は、資料一式とともにベイカー街221Bを訪れた。医療現場と営業、管理部門の間で交わされる"指示メモ"や"紙の稟議書"の山に、私は思わず目を細めた。
「うちは"人の優しさ"で回ってるんですよ。でも、だからこそ属人化がひどくて…担当者が休むと一気に止まるんです」
その言葉には、現場を思うがゆえの葛藤がにじんでいた。
しかし、私は既に警戒していた。これで4件目——すべて同じパターンで始まる相談だった。組織の混乱、意思決定の麻痺、そして決まって現れる「前任者の突然の退職」。
案の定、彼の口から出た言葉は予想通りだった。
「実は、IT推進室長が3ヶ月前に急に辞めまして…それ以来、デジタル化の話が進まなくなってしまったんです」
「メール、紙、電話、LINE…これはまるで"見えない迷路"だな」
ホームズは彼らの業務マップを一望し、静かに言った。
「これは"非構造の支配"だ。しかもその混沌を"善意"が回しているからタチが悪い」
私は資料を見ながら、ある違和感を覚えた。彼が持参した「ワークフロー改善提案書」の文体や構成が、過去3社のものと酷似している。まるで同じ人物が作成したかのように。
「ホームズ、この提案書ですが...」
ホームズは資料を一瞥し、鋭い目つきで答えた。
「気づいたか、ワトソン君。これは同じテンプレートで作られている。興味深いことに、どの提案も『段階的導入』と『現場の抵抗への配慮』を強調している」
「SaaSを導入しても、動かない組織がある。その共通点は"言語の不統一"だ」
ホームズは黒板に3つの領域を描いた。
「この3者が"ワークフロー"を共有するには、プロセスの翻訳者が必要だ」
しかし、私は別のことが気になっていた。彼の話に出てくる「他社の失敗事例」が、我々が過去に相談を受けた企業の状況と完全に一致している。
「総務部長さん、この失敗事例の情報は、どちらから入手されたのでしょうか?」
彼は少し困ったような表情を見せた。
「実は...業界のコンサルタントから聞いた話で。とても詳しい方で、無料で相談に乗ってくれるんです」
ホームズと私は視線を交わした。同じコンサルタント——この影が、すべての事件に関わっている。
項目 | 現状 | 改善方針 | 長期的ビジョン |
---|---|---|---|
Keep | ・現場同士の信頼関係 ・顧客ニーズへの柔軟対応 ・部署をまたいだ助け合い文化 |
・業務内容そのものの柔軟性 | ・分断のない"つながる組織文化" |
Problem | ・指示ルートの複線化 ・承認フローの属人化 ・履歴のトレーサビリティ欠如 |
・非デジタル領域との共存難易度高 | ・現場とIT担当の分断 |
Try | ・最小ユニットでのSaaS導入PoC ・各部門代表による業務棚卸会議 ・"紙→デジタル変換点"の明示 |
・通知設計とUI習熟支援 ・業務プロセスの可視化ワークショップ |
・誰でも見える、誰でもわかる業務文化へ |
「ワークフローとは、言語の統一である」
ホームズは書類の山を前に静かに語った。
「現場の"お願い"を、営業の"希望"に翻訳し、それを管理部門の"承認条件"に変換する。この翻訳装置こそが"ワークフロー"なのだ」
その時、私は決定的な証拠を発見した。
「ホームズ、ご覧ください。この資料の隅に印刷されている文字を」
そこには小さく「Nexus Advisory Group」という文字が印刷されていた。過去3社の資料にも、同じ印刷会社の透かしが入っている。
「Nexus Advisory Group...」ホームズは呟いた。「ついに尻尾を掴んだな」
Civitasの担当者は、最後にこう言った。
「人が優しいから回ってる…でもそれに甘え続けると、誰も休めなくなるんです」
ホームズは頷いた。
「だからこそ、優しさを"仕組み化"する時だ」
しかし、彼が去った後、ホームズは重大な発見を語った。
「ワトソン君、興味深い事実がある。彼が『無料相談』を受けたというコンサルタントは、必ず同じ提案をしている」
「どのような?」
「『現状維持こそが最も安全な選択』という思想だ。一見合理的に聞こえるが、実際には企業の判断力を麻痺させる効果がある」
属人化の中にこそ、仕組み化の芽がある。
しかし、その夜私は戦慄すべき真実に気づいた。
これまでの4社すべてが、人の善意に依存した組織だった。そして、その善意こそが組織の弱点となり、外部からの操作を受けやすくしている。
「ホームズ、これらの企業はすべて...」
「そうだ、ワトソン君。良心的な組織ほど、この陰謀の標的になりやすい。なぜなら、責任感の強い人間ほど『慎重な判断』という名の決定回避に陥りやすいからだ」
翌朝、ホームズの調査で衝撃的な事実が判明した。
「Nexus Advisory Group」は実在しない会社だった。しかし、この名前で活動するコンサルタントは、業界内で広く知られている。
「彼らの手口はこうだ」ホームズは説明した。
「優良企業に接触し、『無料の業界動向レポート』を提供する。そのレポートには巧妙に失敗事例が織り込まれ、企業の変革意欲を削ぐ。そして『慎重な検討』という名の決定の先送りを推奨する」
「その結果は?」
「企業は判断を下せなくなり、外部依存を深める。最終的には、誰かにとって都合の良い無責任な決定を下すことになる」
私は身震いした。
「つまり、善意の組織を狙い撃ちにして、その判断力を奪う...これは一体何のために?」
ホームズは窓の外を見つめながら答えた。
「それが真の目的だ、ワトソン君。まだ全貌は見えないが、これは確実に大きな計画の一部である」
街には、再び黒い影が踊っていた。今度は複数の影が、まるで我々を取り囲むように。
「ワークフローとは、善意を再現可能にする技術である。だが、その善意が悪用されるとき——」——探偵の手記より