ROI事件ファイル No.062｜消えゆく常連、届かぬ変革

第一章：地方チェーンの孤独なSOS

「デジタル化を進めたいんですが…何をどうすれば？」

夕暮れのベイカー街に訪れたのは、Oceantrail & Co. 営業統括部長。手にした書類には、複数店舗の売上推移グラフと、レジ横に置かれたアンケート結果の束があった。

「年配の常連さんは来てくれる。でも、若い世代はすっかり見かけなくなりました」

彼は肩を落としながら続けた。

「このままじゃ、あと5年もたない。なにか"打ち手"をください。AIでもDXでも、もう藁にもすがる思いです」

しかし、私は彼の話を聞きながら、どこか既視感を覚えていた。昨日のEspol社の件といい、なぜ最近、企業の意思決定に迷いが生じるケースが続くのだろうか？

第二章：数字が語る"失われた声"

「興味深い状況だな、ワトソン君」

ホームズはグラフを指差した。前年比売上は微減、来店客数は減少傾向。だが、1人あたり購買単価は上がっている。

「これは"固定客の高齢化"だ。そして"新規の離脱"が見えていない」

彼はさらにアンケートをめくる。

• 商品は満足：◯
• 接客も親切：◯
• 来店頻度：月1回 → 年数回へ減少

「問題は"悪いこと"ではない。"変化に気づかないこと"だ」

私は資料の隅に、気になる一行を見つけた。『前任のマーケティング責任者が半年前に急遽退職』——これもまた、昨日のEspol社と同じパターンではないか。

第三章：変革の起点は、現場にある

「AIに何を学ばせるか？ それは"人間が何を見逃してきたか"に比例する」

ホームズは、店内カメラ映像をAIで分析する仮想シナリオを語り始めた。

• 若年層は入り口で立ち止まり、すぐ離脱
• 高齢層は店内滞在が長く、会話も多い
• 販促POP前での"無反応率"が8割以上

「これらはAIが教えてくれるのではない。"問い"を持って観察する人間が必要なんだ」

「つまり…AIより先に、現場の観察力を磨くべきということですね」

だが、その時私は気づいた。彼が持参した競合分析資料の中に、他の地方チェーンの内部資料らしきものが混じっている。まるで、誰かが意図的に情報を流出させているかのように。

第四章：KPTフレーム（小売の再発見）

第五章：探偵のリテール診断

「彼らは"売れない理由"を、売上にだけ求めすぎた」

ホームズはレジ前に置かれた使い古されたカゴを見つめた。

「ここに常連が選ぶ安心がある。でも、若者はこの"安心"に価値を見出せない。では、何に価値を感じるのか？」

その問いがなければ、どんなAIも無力なのだ。

しかし、私は別のことが気になっていた。彼が語る「競合他社の成功事例」が、あまりにも具体的すぎる。まるで内部の人間でないと知り得ない情報のように聞こえる。

「ホームズ、少し気になることがあるのですが」

「ああ、私も同じことを考えていた。彼の話には、不自然な"知識の偏り"がある」

第六章：変わるための観察眼

Oceantrailの部長は、最後にこう呟いた。

「DXとは、きっとテクノロジーの話じゃないんですね。自分たちが何を見落としてきたかを、見直すことなんだ」

ホームズは微笑んで答えた。

「まさに。変化を"受け入れる"には、まず"気づく"ことだ」

変化とは、問い直すことから始まる。

そして、その問いの先にしか"本当に活きるAI"も、"選ばれる理由"も存在しない。

しかし、彼が去った後、私は一つの疑念を口にした。

「ホームズ、昨日のEspol社といい、今日のOceantrail社といい、どちらも前任者の急な退職が起きている。これは偶然でしょうか？」

ホームズは暖炉を見つめながら、静かに答えた。

「偶然は、パターンになった瞬間に意図となる。我々は、何かより大きな流れの中にいるのかもしれないな」

第七章：見えない糸

その夜、私は気になって過去の事件ファイルを見返していた。すると、驚くべき共通点が浮かび上がってきた。

この数ヶ月間に相談を受けた企業の多くで、キーパーソンの退職と意思決定の迷走が同時に起きている。そして、その後に現れるのは決まって「DXやAI導入への急な方針転換」だった。

まるで誰かが、企業の判断力を意図的に鈍らせ、無責任な決定を促しているかのように。

「これは単なる時代の流れなのか、それとも...」

窓の外を見ると、街灯の下に黒い影がゆらめいているのが見えた。見間違いかもしれない。だが、何かが確実に動き始めている。

「変化への対応は、企業の生命線である。だが、その変化が人為的に仕組まれたものだとしたら——」——探偵の手記より