📅 2025-11-11 11:00
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🏷️ TOC
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Crescent UrbanのRCD事件が解決した翌週、今度は神奈川から業務用機器メーカーの設計プロセスに関する相談が届いた。第二十五巻「確実性の追求」の最終話となる第310話は、見えないボトルネックを特定し、全体の流れを改善する物語である。
「探偵、我々の設計プロセスに深刻な遅延が発生しています。新製品の設計に平均12週間かかるはずが、実際には14週間かかっています。顧客から『納期に間に合わない』とクレームが来ています。しかし、どの工程がボトルネックなのか、分かりません」
Vector3D Systems社 の開発部長、横浜出身の山本健太は焦燥を隠せずにベイカー街221Bを訪れた。彼の手には、ガントチャート(工程表)と、それとは対照的に「遅延理由:不明」と記された10件のプロジェクト報告書が握られていた。
「我々は神奈川で業務用機器を設計・製造しています。工場の自動搬送装置、検査装置、制御システムなどです。全て受注生産で、顧客の要望に合わせてカスタム設計します。設計部門は22名。年間40件のプロジェクトを担当しています」
Vector3D社の設計遅延危機: - 設立:2003年(業務用機器設計・製造) - 年間売上:28億円 - 設計部門:22名 - 年間プロジェクト数:40件 - 計画設計期間:12週間/件 - 実際の設計期間:14週間/件(平均2週間遅延) - 遅延による損失:年間800万円(違約金・顧客信頼低下) - 問題:どこがボトルネックか不明
山本の声には深い困惑があった。
「全ての工程が忙しいのです。設計、検証、承認、資材調達、製造準備……。どの工程も人手不足で、残業しています。だから、どこを改善すればいいのか分かりません。全部を改善する必要があるのでしょうか?」
設計プロセス(全8工程):
合計:計画12週間
「各工程の担当者に聞くと、全員が『自分の工程は精一杯やっている』と言います。遅延の原因は、特定の工程ではなく、全体の問題なのでしょうか?」
「山本さん、各工程の稼働率は、どのくらいですか?」
私の問いに、山本は答えた。
「全ての工程が、ほぼ100%稼働しています。設計部門は残業が月平均45時間。検証部門は月50時間。承認部門(技術部長)は月60時間。みんな、限界まで働いています」
現在の認識(全体最適型): - 前提:「全ての工程が忙しい = 全てを改善する必要がある」 - 対策案:全工程に人員追加、全工程の効率化 - 問題:どこから手をつければいいか不明
私はボトルネックの重要性を説いた。
「全てを改善する必要はありません。TOC——Theory of Constraints、制約理論。システムの成果は、最も弱い部分(制約)で決まります。制約を見つけ、そこを改善すれば、全体が改善されます」
「全てを改善するな。制約を見つけ、そこだけを改善せよ。TOCが、ボトルネックを照らす」
「鎖の強さは、最も弱い輪で決まる。その輪を見つけることが、全体を強くする唯一の道だ」
「TOCは制約の技術。特定・活用・従属・向上・繰り返し。この5ステップが、流れを生む」
3人のメンバーが分析を開始した。Geminiがホワイトボードに「TOCの5ステップ」を展開した。
TOCの5ステップ: 1. Identify(特定):制約を見つける 2. Exploit(活用):制約を最大限に活用する 3. Subordinate(従属):他の工程を制約に合わせる 4. Elevate(向上):制約の能力を向上させる 5. Repeat(繰り返し):制約が移動したら、再度ステップ1へ
「山本さん、Vector3Dの設計プロセスの制約を、TOCで特定しましょう」
Phase 1:Identify(特定) - 制約の発見(3週間)
まず、どの工程がボトルネックかを特定した。
調査方法1:工程別の待ち時間分析(2週間)
過去10件のプロジェクトについて、各工程の「作業時間」と「待ち時間」を分析した。
結果(平均値):
| 工程 | 計画時間 | 実作業時間 | 待ち時間 | 実績合計 | 遅延 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. 要件定義 | 1週間 | 0.8週間 | 0.2週間 | 1.0週間 | なし |
| 2. 基本設計 | 2週間 | 1.9週間 | 0.1週間 | 2.0週間 | なし |
| 3. 詳細設計 | 3週間 | 2.8週間 | 0.2週間 | 3.0週間 | なし |
| 4. 設計レビュー | 1週間 | 0.5週間 | 1.8週間 | 2.3週間 | +1.3週間 |
| 5. 設計変更対応 | 1週間 | 0.9週間 | 0.1週間 | 1.0週間 | なし |
| 6. 承認 | 1週間 | 0.3週間 | 0.9週間 | 1.2週間 | +0.2週間 |
| 7. 資材調達準備 | 2週間 | 1.7週間 | 0.3週間 | 2.0週間 | なし |
| 8. 製造準備 | 1週間 | 0.9週間 | 0.1週間 | 1.0週間 | なし |
| 合計 | 12週間 | 10.8週間 | 3.7週間 | 14.5週間 | +2.5週間 |
衝撃の発見: - 実作業時間:10.8週間(計画内) - 待ち時間:3.7週間(計画外!) - 特に「設計レビュー」工程で1.8週間の待ち時間
山本は愕然とした。
「つまり、遅延の原因は『作業が遅い』のではなく、『待たされている』ことだったのですか……?」
調査方法2:設計レビュー工程の詳細分析(1週間)
なぜ設計レビューで1.8週間も待つのかを調査した。
設計レビューの流れ: 1. 設計部門が図面完成(詳細設計終了) 2. レビュー依頼を提出 3. 技術部長の空き時間を待つ(平均1.8週間待ち) 4. 技術部長がレビュー実施(0.5週間) 5. 指摘事項をフィードバック
技術部長の稼働状況: - 役割:全プロジェクトの設計レビュー担当(年間40件) - 1件あたりのレビュー時間:0.5週間(20時間) - 年間レビュー時間:40件 × 0.5週間 = 20週間 - 技術部長の年間稼働可能時間:48週間(年間52週 - 休暇4週) - レビュー以外の業務(会議、部門管理等):年間28週間 - レビューに充てられる時間:48週 - 28週 = 20週間
発見: 技術部長のレビュー能力は年間20週間しかない。しかし、40件のプロジェクトは均等に入ってくるわけではなく、繁忙期は集中する。その結果、レビュー待ちの行列が発生する。
繁忙期(4〜6月、10〜12月): - 月平均5件のプロジェクトが同時進行 - 5件がレビュー工程に同時到着 - 技術部長は1件ずつしか処理できない - 待ち時間:最大4件 × 0.5週間 = 2週間
制約の特定: 「設計レビュー工程」が制約(ボトルネック)
Phase 2:Exploit(活用) - 制約を最大限に活用(2週間)
制約(技術部長のレビュー)を最大限に活用するための施策を実施した。
施策1:レビューの優先順位付け
Before: - レビュー依頼が来た順に処理
After: - 納期が近いプロジェクトを優先 - 緊急度スコアを付けて、優先順位を明確化
効果: - 納期遅延の減少(最優先プロジェクトは待ち時間ゼロ)
施策2:レビューの事前準備
Before: - 設計部門が図面を完成してから、技術部長に依頼 - 技術部長はゼロから図面を確認
After: - 設計途中で、設計部門が「レビューポイント」を事前に整理 - 技術部長は事前にポイントを確認(5分) - 正式レビューでは、ポイントだけを集中チェック
効果: - レビュー時間:0.5週間 → 0.3週間(40%削減) - 技術部長の年間レビュー能力:20週間 → 33週間(+65%)
施策3:レビュー時間の固定枠確保
Before: - 技術部長のスケジュールは会議で埋まっている - レビューは「空き時間」に実施
After: - 毎週火曜・木曜の午後を「レビュー専用時間」として確保 - 他の会議は入れない
効果: - レビュー待ち時間:1.8週間 → 0.5週間(72%削減)
Phase 3:Subordinate(従属) - 他の工程を制約に合わせる(1週間)
制約(レビュー工程)を中心に、他の工程を調整した。
施策1:詳細設計の完了タイミング調整
Before: - 詳細設計が完了したら、すぐにレビュー依頼 - 結果:レビュー工程に案件が集中
After: - レビュー専用時間(火曜・木曜)に合わせて、詳細設計の完了タイミングを調整 - 案件がレビュー工程に均等に流れるようにペース配分
効果: - レビュー待ちの行列が平準化
施策2:設計変更対応の前倒し
Before: - レビュー後に指摘事項を修正
After: - レビュー前に、自主的にチェックリストで確認 - 明らかなミスは事前に修正
効果: - レビューでの指摘事項が減少 - 設計変更対応時間:1週間 → 0.6週間
2ヶ月後の成果(Exploit + Subordinate):
設計期間: - 14週間 → 12.8週間(平均0.8週間短縮)
レビュー待ち時間: - 1.8週間 → 0.5週間(72%削減)
遅延プロジェクト: - 10件中8件(80%) → 10件中3件(30%)
山本は喜んだが、同時に疑問を感じた。
「改善されました。でも、まだ完璧ではありません。0.8週間の遅延は残っています。もっと改善できませんか?」
Phase 4:Elevate(向上) - 制約の能力を向上させる(3ヶ月)
制約そのものの能力を向上させる施策を実施した。
施策1:レビュー担当者の増員
Before: - 技術部長1人だけがレビュー担当
After: - 技術部長に加えて、シニア設計者2名をレビュー担当に追加 - 技術部長は「重要案件」のみレビュー - シニア設計者は「標準案件」をレビュー
投資: - シニア設計者の研修:1ヶ月 - レビュー基準書の作成:2週間
効果: - レビュー能力:年間33週間 → 年間99週間(3倍) - レビュー待ち時間:0.5週間 → 0.1週間(80%削減)
施策2:3D設計システムの導入
Before: - 2D図面でレビュー - 技術部長は図面を見ながら、頭の中で3D形状を想像 - 理解に時間がかかる
After: - 3D設計システムを導入 - 設計者は3Dモデルを作成 - レビュー時は3Dモデルを回転・拡大して確認 - 理解が早い
投資: - 3D設計ソフトウェア:初期費用480万円+年間保守120万円 - 設計者の研修:1ヶ月
効果: - レビュー時間:1件あたり0.3週間 → 0.2週間(33%削減) - レビューの質向上:見落としが減少
6ヶ月後の成果(Elevate完了後):
設計期間: - 14週間 → 11.5週間(平均2.5週間短縮、目標12週間を達成!)
レビュー待ち時間: - 1.8週間 → 0.1週間(94%削減)
遅延プロジェクト: - 10件中8件(80%) → 10件中0.5件(5%)
顧客満足度: - クレーム:月平均3件 → 月0.2件
Phase 5:Repeat(繰り返し) - 新たな制約の発見(3ヶ月後)
レビュー工程の制約が解消されたことで、新たな制約が顕在化した。
新たな問題: 「資材調達準備」工程で待ち時間が発生し始めた。
原因: - レビューが早く完了するようになった - その結果、資材調達準備工程に案件が集中 - 資材調達担当者(3名)の処理能力を超えた
新たな制約:資材調達準備工程
山本は笑った。
「制約が移動したのですね。でも、今度は何をすべきか分かります。TOCのステップ1に戻って、また制約を特定すればいいのですね」
再度、TOCの5ステップを実施: 1. Identify:資材調達準備を新たな制約として特定 2. Exploit:調達の優先順位付け 3. Subordinate:設計変更対応の完了タイミングを調整 4. Elevate:調達担当者を1名増員 5. Repeat:さらに次の制約へ
12ヶ月後の全体成果:
設計期間: - 14週間 → 10.8週間(平均3.2週間短縮、目標12週間を大幅達成)
遅延プロジェクト: - 年間32件(80%) → 年間2件(5%)
顧客満足度: - 納期遵守率:75% → 98% - 顧客からの評価:「Vector3Dは納期が守れる会社」として認知
事業成果: - 違約金:年間800万円 → 年間40万円(95%削減) - 受注増加:年間40件 → 年間52件(+30%) - 売上:28億円 → 34億円(+21%)
投資回収: - 投資:3D設計システム480万円+人件費増(1名)年600万円 = 1,080万円 - 効果:違約金削減760万円+受注増による粗利増加1.2億円 - 投資回収期間:1ヶ月
組織の変化:
設計部門: 「以前は、全ての工程で残業していました。でも、制約を見つけて改善したことで、全体の流れが良くなりました。今は、残業が月平均20時間に減りました」
技術部長: 「レビューが私のボトルネックだと知って、最初は恥ずかしかったです。でも、それを認めて改善策を考えたことで、全体が良くなりました。制約は悪ではなく、改善のチャンスなのですね」
山本: 「TOCを学ぶまで、『全ての工程を改善しなければ』と思っていました。でも、それは間違いでした。制約だけを改善すれば、全体が改善される。シンプルですが、強力です」
その夜、TOCの本質について考察した。
Vector3Dは、全ての工程が忙しかった。しかし、忙しさが成果を生むわけではない。制約(ボトルネック)が成果を決めるのだ。
レビュー工程という制約を特定し、活用し、向上させることで、全体の設計期間が3.2週間短縮された。そして、制約が移動したとき、再びTOCのサイクルを回した。
「全てを改善するな。制約を見つけ、そこを改善せよ。鎖の強さは、最も弱い輪で決まる」
第二十五巻「確実性の追求」、ここに完結。
この巻で我々が学んだフレームワーク: - PDCA(第301話):小さなサイクルで確実に積み上げる - MECE(第302話):混沌を構造化し、議論を前進させる - OKR(第303話):曖昧な目標を測定可能な成果に変える - デザイン思考(第304話):顧客の痛みから価値を生む - RFM(第305話):顧客を分類し、価値ある顧客を優先する - 5F(第306話):競争環境を見渡し、戦略を決める - LEAN(第307話):7つのムダを排除し、価値の流れを作る - ダブルダイヤモンド(第308話):発散と収束で真の解決に至る - RCD(第309話):記録・確認・実行のサイクルで測定可能にする - TOC(第310話):制約を見つけ、全体の流れを改善する
次なる第二十六巻では、さらなるフレームワークと、新たな事件が我々を待っている。
「全てを改善するな。制約を見つけ、そこだけを改善せよ。TOCが、流れを生む」——探偵の手記より
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