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要約カード

JA 2026-04-08 23:00
5WHYSIT人材育成

TechNova社のAIツール浸透依頼。5WHYSが掘り当てた、利用率という数字の裏に潜む五層の理由と、一律研修が生み出す静かな格差。

ROI事件ファイル No.468『なぜ使わないのか、を五回聞いた日』

JA 2026-04-08 23:00

ICATCH

なぜ使わないのか、を五回聞いた日


第一章:二十八パーセントの沈黙

「導入から半年で、利用率が二十八パーセントで止まっています。何が原因か、分からないんです」

TechNova社のDX部門長、野口恵子氏は、そう言いながら利用状況のレポートをテーブルに置いた。棒グラフが並んでいる。導入初月は四十二パーセントだった利用率が、三ヶ月目から下がり始め、半年後に二十八パーセントで横ばいになっていた。

「導入したのはどんなツールですか」と私は尋ねた。

「Lightblueという生成AIツールです」と野口氏が答えた。「文書作成、メール作成、データ分析の補助——複数の業務に使える汎用型のツールです。全社員二百名に展開しました。研修も実施しました。しかし、使い続けているのは五十六名だけです」

「使っていない百四十四名に、理由を聞きましたか」とClaudeが確認した。

「アンケートを取りました」と野口氏が答えた。「最も多かった回答は『何に使えばいいか分からない』です。次が『使い方が分からない』。三番目が『業務で使う時間がない』でした」

「その三つの回答は、表面の理由です」とGeminiが静かに言った。「その裏に、もっと深い理由があるはずです」

「どういうことですか」と野口氏が身を乗り出した。

「なぜ、何に使えばいいか分からないのか」とClaudeが言った。「その問いを、もう四回繰り返す必要があります」

第二章:5WHYSが掘る五つの層

「この案件には、5WHYSが必要です」

Claudeがホワイトボードに縦に五つの矢印を描いた。Why①からWhy⑤まで。

「5WHYSとは、問題の原因に対して『なぜ』を五回繰り返すことで、表面の症状から根本原因まで掘り下げるフレームワークです」と私が説明した。「利用率二十八パーセントという数字は症状です。その症状に対して施策を打っても、根本原因が変わらない限り、数字は動きません。五回掘った場所に、本当の問いがあります」

「まず現状の損失を測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。野口氏から提供されていた利用ログと、研修の実施記録を入力する。

数字が返ってきた。

「未活用による機会損失の試算が出ました」とGeminiが読み上げた。「使っていない百四十四名について、一日十分の業務短縮が見込めると仮定します。時給二千八百円換算で、月一名あたり九千三百円の機会損失。百四十四名合計で月百三十四万四千円、年間で千六百十二万八千円が、浸透しないことによる損失です」

「加えて」とGeminiが続けた。「一律設計の研修コストの非効率分——効果が出ていない研修回数分の人件費を試算すると、年間七十五万六千円が無駄になっている計算です。合計で年間約千七百万円が、この問題の見えないコストです」

野口氏が数字を見て静かになった。「研修を実施したことで、対策を打ったつもりになっていました」

「では、5WHYSで根本を掘ります」と私が続けた。


[Why①——なぜ利用率が上がらないのか]

「アンケートの最多回答は『何に使えばいいか分からない』でした」とClaudeが言った。「これがWhy①の答えです。ただし、これは症状の説明であって、原因ではありません。なぜ何に使えばいいか分からないのか——Why②に進みます」


[Why②——なぜ何に使えばいいか分からないのか]

「野口さん、研修ではどんな内容を教えましたか」と私が尋ねた。

「ツールの操作方法と、基本的なプロンプトの書き方を教えました」と野口氏が答えた。「二時間の座学形式で、全員同じ内容です」

「そこです」とClaudeが言った。「研修がツールの説明に終わっていた。業務への接続がなかった。営業担当者に『このツールで文書が作れます』と教えても、『自分の提案書にどう使うか』が分からなければ、業務には使えません。Why②の答えは、研修が業務と接続していなかったことです」


[Why③——なぜ研修が業務と接続していなかったのか]

「研修を設計したのは、どの部門ですか」とGeminiが確認した。

「DX部門です。私たちが設計しました」と野口氏が答えた。「全員に同じ研修を受けてもらう方が効率的だと思っていました」

「Why③の答えが見えました」とClaudeが続けた。「研修を設計したDX部門が、各部門の業務を把握していなかった。営業の業務、経理の業務、製造の業務——それぞれで何が課題かを知らずに、全員向けの一律設計を作った。設計者と受講者の間に、業務の文脈のギャップがあった」


[Why④——なぜ業務の文脈のギャップが生まれたのか]

「研修設計の前に、各部門ヒアリングは行いましたか」と私が尋ねた。

野口氏が少し間を置いた。「していません。時間がなかったのと——正直なところ、ヒアリングをする人手がなかった」

「Why④です」とClaudeが言った。「DX部門のリソースが不足していた。二百名への展開を、少ないメンバーで対応しようとしたため、部門別の設計ができなかった。人手不足が、一律設計を生んだ」


[Why⑤——なぜDX部門のリソースが不足しているのか]

「DX部門は今、何名ですか」と私が確認した。

「三名です」と野口氏が答えた。「AIの知識を持った人材の採用が難航していて、増員できていません。採用市場でAI人材の競争が激しく、私たちの会社の条件では集まりにくい状況です」

「Why⑤の根本原因が出ました」とClaudeが静かに言った。「AI人材の採用難が、DX部門の慢性的なリソース不足を生み、一律研修という次善策を取らざるを得ない状況を作っている。利用率二十八パーセントの根本は、ツールの問題でも社員の問題でもなく、組織の構造的な問題でした」

野口氏が深く息を吐いた。「五回掘ると、全然違う場所に着きました」

第三章:根本原因への三つの処方箋

「根本原因が分かったところで、処方箋を設計します」と私がホワイトボードの前に立った。「ただし、AI人材の採用難という根本原因は、すぐには変えられません。だからこそ、採用難の状態でも機能する設計が必要です」

「三つの処方箋を提案します」とClaudeが言った。

[処方箋①——部門別エバンジェリストの育成]

「DX部門が全部門に対応しようとするから、リソースが足りなくなります」とClaudeが続けた。「各部門に一名ずつ、AIツールの使い方を先行習得する社員を選んでください。その社員が、部門内の浸透を担う。DX部門の役割は、エバンジェリストを育てることに集中します。二百名に対応するのではなく、十名のエバンジェリストを育てることに集中する——それがリソース制約の中での最善策です」

「エバンジェリスト候補は、どう選べばいいですか」と野口氏が尋ねた。

「今の五十六名の中から、各部門に一名選んでください」とGeminiが答えた。「すでに使っている社員の中に、自発的に試行錯誤している人がいるはずです。その人が、最も早く周囲に伝えられます」

[処方箋②——部門別ユースケースの先行設計]

「研修の前に、部門ごとの具体的なユースケースを一つ決めます」と私が続けた。「営業部門なら提案書の初稿作成、経理部門なら月次レポートの要約、製造部門なら作業手順書の改訂——一つに絞ることが重要です。一つで成功体験を作ることが、次の活用への扉を開けます」

Strategic ROI Intelligenceで、同規模企業の部門別AIツール活用事例を参照しましょう」とGeminiが提案した。「どの部門でどのユースケースが最も効果が高いかの参考指標が取れます。ゼロから考えるより、実績のある選択肢から選ぶ方が、エバンジェリストへの説明も通りやすい」

[処方箋③——スキル別の三段階研修設計]

「現在の一律研修を、三段階に分けます」とClaudeが言った。「入門層——AIとは何かから始め、一つのユースケースを体験するまで。標準層——業務に応用できるプロンプトを自分で書けるまで。活用層——チーム内に展開できるまで。同じ二時間の研修時間でも、対象を分けることで吸収率が変わります」

ROI Proposal Generatorで改善後の試算を出しましょう」とGeminiが提案した。

エバンジェリスト育成後の利用率目標六十五パーセントを設定した場合の試算が返ってきた。

  • 新規活用者数:200名×65%-56名=74名が新たに活用
  • 月次改善効果:74名×10分/日×2,800円÷60×20日=月69万2千円
  • 研修効率化:年75万6千円削減
  • 合計年間改善:約905万円
  • 施策投資(エバンジェリスト育成研修・ユースケース設計):推定120万円
  • 投資回収期間:約1.6ヶ月

「回収が二ヶ月以内で見える」と野口氏が言った。

「根本原因はAI人材の採用難ですが」とClaudeが応じた。「その制約の中でも、エバンジェリストという内部人材を育てることで、外部採用なしに浸透率を上げられます。採用が難しいなら、いる人を育てる。それが、Why⑤への現実的な回答です」

第四章:五回目の問いが変えたもの

野口氏が立ち上がり、ホワイトボードのWhy①からWhy⑤の矢印を見つめた。

「最初は、社員がAIに慣れていないことが問題だと思っていました。研修が足りないと思っていた。でも五回掘ったら、研修の設計が問題で、その原因はリソース不足で、その根本は採用難だった。問題の場所が、全然違いました」

「5WHYSの本質はそこにあります」と私が応じた。「見えている問題に対策を打つと、問題は形を変えて戻ってきます。根本まで掘ることで、対策が変わります。一律研修を改善しても、部門との接続がなければ同じことが起きます。エバンジェリストを育てることで、DX部門のリソース制約を回避しながら浸透を進める——根本を知っていれば、制約の中でも道が作れます」

「来週から、各部門に候補者のヒアリングを始めます」と野口氏が言った。「五十六名の中から、エバンジェリストを十名選ぶ作業を最初にやります」

窓の外では、オフィス棟の照明が一つずつ点き始めていた。

五ヶ月後、野口氏から報告が届いた。

十名のエバンジェリストが各部門に配置された三ヶ月後、全社の利用率は二十八パーセントから六十一パーセントに上昇した。エバンジェリストが部門内でユースケースを実演したことで、「何に使えばいいか分からない」という声が急減した。最も効果が出た部門は営業部門で、提案書初稿の作成時間が平均四十分短縮された。

研修は入門・標準・活用の三段階に再設計され、受講者満足度が前回比で三十一ポイント上昇した。DX部門の野口氏を含む三名は、二百名への直接対応から解放され、次のAI活用施策の設計に集中できるようになった。

野口氏の報告書には最後にこう記されていた。「なぜを五回繰り返したことで、対策の場所が変わりました。利用率という数字に対して直接手を打つのではなく、その数字を生んでいる構造を変えた。構造が変わると、数字は自然についてきました」

なぜ使わないのか、を五回聞いた日が、変化の起点になった。

「問題は、見えている場所では解決できない。見えている問題は症状であり、原因は五層の下に眠っている。5WHYSが問うのは、なぜを繰り返す忍耐だ。一回目のなぜは症状を教える。二回目は原因の入り口を示す。三回目で構造が見え始め、四回目で制約が現れ、五回目で根本が姿を現す。五回掘り切った場所だけが、本当の処方箋を書ける場所だ」


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