ROI事件ファイル No.486『十三人の情シスが、戦略を語れない理由』
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十三人の情シスが、戦略を語れない理由
第一章:十三人、でも戦略に回せない
「部員は十三名います。でも、戦略的な仕事に使える時間は、ほぼゼロです」
TechnoSolve社の情報システム部長、中村智彦氏は、そう言いながら部門の業務内訳を机に広げた。円グラフが描かれている。定型問い合わせ対応が三十五パーセント、PC設定・機器準備が二十パーセント、マスター登録・データ入力が十五パーセント、日常保守が十五パーセント、障害対応が十パーセント。残りの五パーセントに「業務改善・戦略」と書かれていた。
「経営層からAI活用の提案を求められています」と中村氏が続けた。「でも、部内にその検討時間がない。日々の業務に追われて、戦略を考える余白が生まれない。AIを活用できる部門が、AIを検討する時間を持てないでいる」
「定型問い合わせの内容を教えてください」とClaudeが確認した。
「上位三つが、全体の六十パーセントを占めます」と中村氏が答えた。「第一位が『パスワードを忘れた』。第二位が『入力方法が分からない』。第三位が『このシステムの動きがおかしい』。全部、同じような内容に、十三人が入れ替わり立ち替わり答え続けている」
「PC設定や機器準備はどのくらいの頻度ですか」とGeminiが尋ねた。
「新入社員や異動者のPC設定が月平均二十五件」と中村氏が答えた。「加えて、会議のたびにタブレットやPCの準備・回収があります。大きな会議だと、前日に十台、当日朝に五台、設定・動作確認で二時間かかる。終わったら回収と初期化で一時間」
「データはどこにありますか」と私は確認した。
「散在しています」と中村氏が答えた。「Excel、Access、社内サーバーのフォルダ、クラウドストレージ——歴代の担当者が、それぞれの場所に作ってきた。経営層がデータ分析を求めると、どこに何があるか探すところから始まる」
「経営層からのAI活用提案の期限は」とClaudeが尋ねた。
「三ヶ月後です」と中村氏が答えた。「それまでに具体的な提案を出せないと、外部ベンダー主導で話が進む。ベンダーが悪いわけではないが、情シス部門が主導権を失う。それは長期的に良くない」
「情シスが戦略を語れないと、戦略が外から来る」と私が静かに言った。
第二章:ECRSが問う四つの動詞
「この案件には、ECRSが必要です」
Claudeがホワイトボードに四つの文字を書いた。E・C・R・S。
「ECRSとは、Eliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(再配置)、Simplify(簡素化)の四つの動詞で業務を見直すフレームワークです」と私が説明した。「工程改善の古典ですが、情シス部門のような『忙しいのに何をしているか説明しにくい部門』の整理に特に有効です。四つの動詞の順序が重要です——まず排除、次に結合、再配置、最後に簡素化。順序を逆にすると、無駄な業務を簡素化して残すことになります」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。中村氏から提供されていた業務ログを入力する。
「月間の情シス業務コストが出ました」とGeminiが読み上げた。「定型問い合わせ対応が部員十三名で月平均六百時間、時給換算三千円で月百八十万円。PC設定・機器準備が月百四十時間、月四十二万円。マスター登録・データ入力が月百時間、月三十万円。データ探索工数が月八十時間、月二十四万円。合計で月二百七十六万円が、非戦略業務に使われています。年間換算で三千三百十二万円。さらに、戦略業務を実施できないことによる機会損失——経営層からの要求への遅延対応など、月六十万円相当を加算すると、年間四千三十二万円」
中村氏が数字を見つめた。「部員十三名の人件費を有効活用できていない金額が、見えた気がします」
「では、ECRSで設計します」と私が続けた。
[E——Eliminate:やめられる業務は何か]
「最初に、なくせる業務を特定します」とClaudeが言った。「定型問い合わせのうち、上位三項目——パスワード忘れ、入力方法、動作確認——は全て、AIチャットボットで代替可能です。人間が答える必要はない。チャットボットに答えさせる仕組みを作れば、問い合わせ対応の六十パーセントは部員の手から離れます」
「完全に離れますか」と中村氏が確認した。
「完全に、です」とClaudeが答えた。「ただし、チャットボットで解決できなかった質問のみ、有人対応ラインに繋ぐフローを設計します。人間はチャットボットが答えられない質問だけに集中する。これが、排除と結合を組み合わせた設計です」
[C——Combine:まとめられる業務は何か]
「PC設定・機器準備を一本のフローにまとめます」とGeminiが続けた。「新入社員のPCキッティング、異動者のアカウント切り替え、会議用機器の準備——それぞれ別々に担当者が対応しています。これを、マスター登録から機器渡しまでを一連の自動化フローに組み替えます」
「キッティングの自動化は、以前検討して断念しました」と中村氏が言った。
「断念した理由は」と私が尋ねた。
「設定項目が多すぎて、一つのツールでカバーできなかった」と中村氏が答えた。
「今は、複数ツールをAPIで繋ぐ構成ができます」とClaudeが補足した。「一つのツールに固執せず、複数を組み合わせて一連のフローにする。結合の思想です」
[R——Rearrange:配置を変えるべきものは]
「散在しているデータを、アクセスしやすい場所に集約します」とGeminiが続けた。「全データを一箇所に移すのではなく、用途別にアクセス可能な状態を作る。経営層がよく参照するデータは、ダッシュボード化して常時閲覧可能に。情シスが確認すべきシステム状態は、監視ダッシュボードに集約。データの物理配置ではなく、論理的なアクセス経路を再配置します」
[S——Simplify:シンプルにする業務は]
「残った業務を、手順から見直します」とClaudeが続けた。「例えば障害対応——現状、問い合わせを受けて担当を割り振り、担当が対応後に記録を残す三段階です。これを、問い合わせの一次受付をチャットボットが行い、対応履歴を自動記録する形式に変える。人間の手順は『対応』だけになります」
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:AIチャットボット構築・PC キッティング自動化・データ集約ダッシュボード・マスター登録自動化費用合計八百五十万円
- 月次費用:ツール保守・クラウド利用料月二十二万円
- 月次削減効果:定型問い合わせ削減=月百八万円(六十パーセント自動化)、PCキッティング削減=月二十五万円、マスター登録削減=月十八万円、データ探索削減=月二十万円、戦略業務実施による機会獲得=月六十万円、合計月二百三十一万円
- 月次純削減:二百三十一万円-二十二万円=月二百九万円
- 投資回収期間:八百五十万円÷二百九万円=約四・一ヶ月
「四ヶ月以内の回収です」とGeminiが整理した。「最も大きな効果は、戦略業務に使える時間の創出です。削減された時間を何に使うかが、次の経営会議で示すべき提案になります」
中村氏が数字を確認しながら言った。「削減額より、時間が空いた後に何をするかのほうが、今日は重要な気がしてきました」
「ECRSで生まれる時間を、戦略業務に使うストーリーが、経営層への提案の核です」と私が応じた。
第三章:削減した時間の使い道
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——定型問い合わせTOP20の洗い出しとチャットボット初期学習。同時にPCキッティング自動化の要件定義。第二ヶ月——チャットボット試験運用と、キッティング自動化の構築開始。第三ヶ月——データ集約ダッシュボードの設計、マスター登録自動化の検証。第四ヶ月——本格稼働と効果測定。第五ヶ月以降——削減された時間を戦略業務に配分する組織設計」
「削減時間の使い道を、先に決めておく必要がありますか」と中村氏が確認した。
「決めないと、他の業務に吸収されて消えます」とClaudeが答えた。「業務改善の原則として、時間が空くと別の仕事で埋まります。空いた時間の使い道を、先に計画書に書き込むこと。例えば『月三十時間をAI活用提案の検討に使う』『月二十時間をシステム刷新計画の策定に使う』——具体的に書くことで、戦略業務が守られます」
中村氏がノートを閉じながら言った。「削減することと、削減後の使い道を決めることは、別の仕事だと認識しました」
第四章:戦略が、情シスから生まれる日
七ヶ月後、中村氏から報告が届いた。
AIチャットボット稼働後二ヶ月で、情シスへの問い合わせ総数は月間六十四パーセント減少。特にパスワード関連の問い合わせは九十一パーセント減、部員が対応する件数は一日平均二件以下になった。「『パスワードを忘れました』と電話を受けることが、ほぼなくなった」と中村氏は記していた。
PCキッティング自動化は、新入社員のPC準備時間を従来の一台あたり三時間から四十分に短縮。四月の新入社員十八名への対応が、従来なら五日間かかっていたところ、一日半で完了した。
データ集約ダッシュボードは経営層が自ら閲覧する習慣が付き、月次報告会での「データを探してくれ」という依頼が消えた。「経営層が自分でデータを見て、部門に質問するようになった」と報告書にあった。
最大の変化は、空いた時間の使い道にあった。中村氏の部門は月四十時間を「戦略業務枠」として確保し、AI活用の社内提案書をまとめた。経営層に提出された提案書は、全社横断のAI活用プロジェクトとして承認され、情シス部門が主導する体制になった。「外部ベンダー主導にならずに済んだ」と中村氏は書いていた。
部員のアンケートでは「仕事が面白くなった」と答えた人数が十三名中十一名。「本来やりたかった業務に戻れた」が九名。一名がこう答えていたと中村氏は記していた——「雑務の担当から、技術者に戻れた気がする」。
定型対応の部門が、戦略提案の部門に変わった日だった。
「忙しい部門ほど、戦略を語る時間がない。戦略を語らない部門は、戦略が外から来る。ECRSが問う四つの動詞——排除・結合・再配置・簡素化——は、忙しさの中身を分解する道具だ。順序が重要で、まず排除、最後に簡素化。残すべき業務を簡素化するのは、排除してからの話だ。空いた時間の使い道を先に決めないと、時間は別の業務に吸収されて消える。情シスが戦略を語れない理由は、時間がないからではない。時間の使い道が、先に決まっていないからだった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 情シス業務コスト・戦略業務機会損失の可視化
- ROI Proposal Generator — AI活用・業務自動化の投資回収シミュレーション