ROI事件ファイル No.490『使いこなせない高機能』
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使いこなせない高機能
第一章:百機能のうち、使っているのは十二個
「うちが使っているのは、百ある機能のうち十二個だけです」
TechSphere社のDX推進プロジェクトリーダー、西田俊彦氏は、そう言いながらOBIC7の機能一覧を広げた。色分けされていて、緑が使用中、黄色が一度は使ったが定着せず、赤が未使用。赤が圧倒的に多い。
「三年前に導入しました」と西田氏が続けた。「当時、親会社からセキュリティ基準を厳守できる業務システムを使うよう指示があり、OBIC7が候補に上がった。基準を満たすという意味では正解でしたが、機能が多すぎて現場が使いこなせていない」
「操作に困っている部門はどこですか」とClaudeが確認した。
「設備営業部門が特にきついです」と西田氏が答えた。「顧客情報の修正、見積もりの変更、案件ステータスの更新——日常操作のたびに画面が複雑で、操作に慣れた社員でも手間がかかる。若手は画面を開くだけで苦労している」
「カスタマイズで操作を簡略化する選択肢は」とGeminiが尋ねた。
「ベンダーに見積もりを取りました」と西田氏が答えた。「画面を一つ簡略化するのに二百万円、複数画面をまとめると一千万円を超える提示でした。中小のDX予算では手が出せない」
「親会社のセキュリティ基準は、具体的にどんな内容ですか」と私が確認した。
「ログの保持期間、多要素認証、データの国内保管、監査ログの提出義務——これらが満たされないと、親会社グループのネットワークに接続できません」と西田氏が答えた。「パッケージ製品の多くは、この基準を満たすために追加費用がかかる。OBIC7は標準で対応していましたが、その分ランニングコストも高い」
「社内でシステム要件を出せる人員は」とClaudeが尋ねた。
「限られています」と西田氏が答えた。「DX推進プロジェクトのメンバーは兼任で四名、私を含めて。フルスクラッチ開発は現実的でなく、パッケージ選定が前提になる。選定基準がまとまっていません」
「選定の軸が決まらないのは、自社・競合・顧客の三つを一緒に見ていないからです」と私が言った。
第二章:3Cが問う三つの視点
「この案件には、3Cが必要です」
Claudeがホワイトボードに三つの文字を書いた。C・C・C。
「3Cとは、Customer(顧客)・Competitor(競合)・Company(自社)の三つの視点で戦略を整理するフレームワークです」と私が説明した。「マーケティングの古典ですが、システム選定にも応用できます。顧客——この場合は実際にシステムを使う現場社員——が何を求めているか。競合——市場にあるシステム群——がどう進化しているか。自社——TechSphere社の制約と強み——は何か。三つの視点を揃えると、カタログ比較では見えない最適解が浮かび上がります」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。西田氏から提供されていた業務ログを入力する。
「月間の使いづらさコストが出ました」とGeminiが読み上げた。「設備営業部門二十五名が、OBIC7の複雑操作に月平均三百五十時間を使用。時給換算三千八百円で月百三十三万円。カスタマイズ不可による手作業回避が月八十時間、月三十万四千円。OBIC7ライセンス料金が月七十万円。保守・サポート契約が月二十五万円。合計で月二百五十八万四千円。年間換算で三千百万円」
西田氏が数字を見た。「ランニングコストだけで年間三千万円強。リプレイスする根拠としては十分な数字です」
「では、3Cで設計します」と私が続けた。
[C——Customer:使う側は何を求めているか]
「最初に、実際にシステムを使う現場社員の声を整理します」とClaudeが言った。「設備営業部門にヒアリングを実施して、何に最も困っているかを三つに絞る」
西田氏が事前に聞き取った結果を出した。「第一に、顧客情報の検索が遅い。第二に、見積もり作成の画面遷移が多い。第三に、モバイル対応が弱く、外出先で確認できない」
「この三つが、新システム選定の必須要件になります」と私が続けた。「機能数ではなく、現場が困っている三点が改善されることが、成功基準です。機能の豊富さは、使われなければ価値にならない」
[C——Competitor:市場はどう進化しているか]
「次に、市場のシステム群を俯瞰します」とGeminiが続けた。「業務管理システムの市場は、大きく三つに分かれています。第一に、OBIC7のような統合型大手パッケージ——機能豊富だが高額。第二に、業種特化型のクラウドSaaS——設備工事業向けに特化した中堅製品が存在する。第三に、ノーコード/ローコード型——自社で画面を作り込める製品」
「どれが適していますか」と西田氏が尋ねた。
「TechSphere社の規模と独自性のバランスを考えると、第二か第三です」とClaudeが答えた。「ただし、どちらも親会社のセキュリティ基準を満たすかの確認が必要。カタログを超えて、ベンダーへの直接確認が必要な領域です」
[C——Company:自社の制約と強みは何か]
「自社の制約を明確にします」と私が続けた。「第一に、親会社のセキュリティ基準——これは譲れない。第二に、システム要件を書ける人員が限られる——複雑な要件定義が必要な製品は選べない。第三に、DX予算規模——大手パッケージの再導入は現実的でない」
「強みもありますか」と西田氏が尋ねた。
「現場が自分たちで使っているOBIC7の経験です」とGeminiが応じた。「使いこなせなかった経験は、次のシステムの選定基準を具体化する材料になります。『この画面遷移は多すぎる』『この機能は使わない』——経験がない会社より、選定の解像度が高い」
「失敗した経験が、次の資産になる」と西田氏がメモを取った。
[3Cの交点——最適解を絞り込む]
「三つの視点が揃うと、候補が絞れます」とClaudeが続けた。「顧客(現場)は使いやすさを求め、競合(市場)は業種特化SaaSとノーコード型が有力、自社(TechSphere社)は親会社セキュリティ基準を必須とする。この三条件を満たす製品は、市場で三から四社に絞れます」
「最終選定はPoCですね」と西田氏が確認した。
「PoCです」と私が答えた。「三社に絞った後、設備営業の代表者三名が一ヶ月ずつ触って比較する。顧客情報検索、見積もり作成、モバイル操作の三点で使いやすさを評価する。同時に、親会社のセキュリティ部門にも評価依頼を出す。現場と親会社の両方が承認した製品が選ばれます」
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:新システム導入・データ移行・親会社セキュリティ基準準拠対応・研修費用合計七百八十万円
- 月次費用:新システム月二十八万円(OBIC7比で月四十二万円減)
- 月次削減効果:設備営業の操作工数削減=月八十万円(六十パーセント削減想定)、手作業回避削減=月二十二万円、ライセンス・保守コスト差額=月六十七万円、合計月百六十九万円
- 月次純削減:百六十九万円(削減効果にライセンス差額が既に含まれる)
- 投資回収期間:七百八十万円÷百六十九万円=約四・六ヶ月
「五ヶ月以内の回収です」とGeminiが整理した。「二年目以降、年間約二千万円の純削減が続きます。加えて、使いやすいシステムに変わることで、営業活動のスピードが上がる効果があります。これは直接金額にしにくいが、受注機会の増加という形で現れる」
西田氏が数字を確認しながら言った。「三年前、OBIC7を選んだ時の選定基準が甘かったのかもしれません。セキュリティ基準だけを見て、現場の使いやすさを見ていなかった。3Cで整理すると、次は同じミスを繰り返さずに済みそうです」
第三章:身の丈に合うシステムへ
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——設備営業へのヒアリングと、使用機能の棚卸し。現OBIC7の百機能のうち、実際に使っている十二個と、本来使いたかったが定着しなかった機能を洗い出す。第二ヶ月——候補三製品への情報収集とセキュリティ評価依頼。第三・四ヶ月——PoC実施、現場評価。第五ヶ月——製品決定と契約。第六ヶ月から九ヶ月——データ移行と並行運用。第十ヶ月——OBIC7からの完全切り替え」
「PoCで想定外の結果が出たら」と西田氏が確認した。
「想定外が出ることを前提にします」とClaudeが答えた。「カタログ上で優位だった製品がPoCで現場に合わないことは珍しくない。PoCの結果を優先して判断する姿勢を、選定プロセスの最初に合意しておくことが重要です」
西田氏がノートを閉じながら言った。「三年前の導入は、カタログで決めていました。今回はPoCで決める——それだけでも、違う結論になりそうです」
第四章:現場が、システムの味方になった日
十ヶ月後、西田氏から報告が届いた。
選定の結果、業種特化型SaaSが採用された。当初の第一候補はノーコード型だったが、PoCで設備営業の反応が最も良かったのが業種特化型だった。「カタログ上の自由度より、業種に特化した標準機能の方が、現場の要望を満たしていた」と西田氏は記していた。
親会社のセキュリティ基準については、導入時にベンダー側で国内データセンター移管と監査ログ出力機能の追加対応が実施された。追加費用は約百二十万円で、当初予算内に収まった。
稼働三ヶ月後、設備営業の操作工数は従来比で六十八パーセント減少。予測値を上回る改善となった。「画面遷移が少なく、モバイルで完結する業務が増えた」と西田氏は書いていた。特にモバイル対応は想定外の効果をもたらし、外出先での案件登録が定着、日報作成の残業がほぼなくなった。
顧客情報検索のスピードは、従来の平均二十三秒から二秒以下に短縮。「待ち時間が減って、顧客との通話中にその場で情報を出せるようになった」——営業担当者のコメントが報告書に添付されていた。
最も大きな変化は、現場の態度にあった。OBIC7時代は「システムに使われている」感覚が強かったが、新システムでは「システムが味方になった」という声が複数出た。西田氏は報告書の最後にこう書いた——「三年前、高機能を選んだ。今回、身の丈を選んだ。機能の多さは価値ではなく、現場で使われる機能だけが価値だった」
親会社からも、グループ内の別子会社でも同様の課題があるとの連絡があり、TechSphere社の選定プロセスを参考にしたいとの打診が来ていた。
使いこなせない高機能から、使いこなせる機能に変わった日だった。
「高機能は価値ではない。使われる機能だけが価値だ。3Cが問う三つの視点——顧客・競合・自社——を揃えると、カタログの比較では見えない最適解が現れる。顧客である現場が何に困っているか。競合である市場がどう進化しているか。自社であるTechSphere社の制約と強みは何か。三つの交点に、身の丈に合うシステムがある。高機能を選んだ三年前と、身の丈を選んだ今。機能の数ではなく、使われる機能の数が、業務を動かしていた」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 使いづらさ工数・ライセンスコストの可視化
- ROI Proposal Generator — 業務システムリプレイスの投資回収シミュレーション