ROI事件ファイル No.591『AIで何でもできると聞いたが、どれから当てるかの物差しがなかった』
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AIで何でもできると聞いたが、どれから当てるかの物差しがなかった
第一章:AIで営業を変えたい、だが当て所が決まらない
「AIを使って、営業のやり方を根本から変えたいんです」
Titan Solutions社の営業部長、割田効氏は、そう言いながら事情を語った。「Google Workspaceは全社で使っています。そこにGemini EnterpriseとGoogle Antigravityを重ねて、営業の五十名にAIを行き渡らせたい。展示会でも導入事例でも、できることは山ほど聞きました」
「その中で、何をやりたいと考えていますか」とClaudeが尋ねた。
「全部です」と割田氏が答えた。「商談メモの自動作成、提案書のたたき台生成、顧客情報の整理、メール文面の下書き、失注分析。やりたいことは紙に列挙してあります。ただ、どれから当てるかで社内が割れている。役員は成約率、現場はメモの手間、情報システムは連携の安全性。それぞれ主張が違う」
「その施策を、届く数と効き目と手間で並べて比べましたか」と私が確認した。
「……比べていません」と割田氏が答えた。「やりたいことを並べることばかりしていました。どれが何人に届いて、一人あたりどれだけ効いて、どれだけ手間がかかるか。同じ物差しに載せたことがない」
「並べただけでは、順番は決まりませんね」と私が応じた。「RICEで分解しましょう」
第二章:RICEが問う、効き目を手間で割る
「この案件には、RICEが必要です」
Claudeがホワイトボードに「届く数・効き目・確からしさ・手間」と書いた。
「RICE——リーチ・インパクト・コンフィデンス・エフォートとは、施策を四つの物差しで採点し、掛けて割ることで一列に並べるフレームワークです」と私が説明した。「肝は、議論を主張の強さで決めないこと。何人に届き、一件あたりどれだけ効き、その読みはどれだけ確かで、どれだけ手間がかかるか。掛けた値を手間で割れば、施策は好みではなく点で並びます」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。割田氏から提供されたデータを入力する。
「月間のコストが出ました」とGeminiが読み上げた。「商談メモの記録・提案書作成・顧客情報の整理にかかる工数が月平均百七十五時間、時給三千九百円で月六十八万二千円。営業ノウハウが個人に留まることによる機会損失が月平均四十万円。AI施策の優先順位が定まらないことによる導入判断の遅延が月平均三十六万円。商談記録の未整備による失注要因の分析不能が月平均三十二万円。ツールの重複契約と試用の散発による無駄が月平均三十万円。合計で月二百六万二千円。年間換算で約二千四百七十四万円」
割田氏が数字を見つめた。「入力の手間だけ見ていました。決まらないまま止まっている遅れや、試しては放置したツールの費用まで足すと、これほどとは」
「では、RICEで設計します」と私が続けた。
[届く数——何人に、どれだけの頻度で届くかを数える]
「最初に、届く数です」とClaudeが言った。「商談メモの自動作成は、営業五十名が毎日触れる。月に千件を超える商談すべてに乗ります。一方、失注分析は月に数回、企画担当の数名しか使わない。同じ機能でも、届く数が二桁違えば、順番は変わります」
[効き目——一件あたり、どれだけ変わるかを見る]
「次に、効き目です」とGeminiが続けた。「一件あたり何分減るか、何件多く回れるか。メモの自動化は一商談で二十分。提案書のたたき台は一件で一時間。効き目の大きさは、届く数と掛け合わせて初めて意味を持ちます」
[確からしさ——その読みが、どれだけ確かかを割り引く]
「効き目の次に、確からしさです」と私が続けた。「Google Workspaceを既に使っている以上、連携と移行の読みは堅い。ですが、AIで成約率が二割上がるという読みには根拠がない。確からしさで割り引けば、堅い施策が上に、期待だけの施策が下に落ちます」
[手間——掛けた値を、手間で割る]
「最後に、手間です」とClaudeが続けた。「どれだけ効いても、半年かかるものは点が下がる。掛けた値を手間で割るから、小さく早く出せるものが自然と先頭に来る。全社の営業改革を一度に設計せず、割った点の高い順に出します」
[投資回収を試算する]
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:施策の洗い出しとRICE採点・Gemini Enterprise導入設計・既存Workspaceとの連携・商談メモと提案書生成の実装・営業教育費用合計四百八十万円
- 月次費用:ライセンス・運用保守継続費合算月二十三万円
- 月次削減効果:商談メモ・議事録作成の自動化=月四十八万円(七割削減想定)、提案書たたき台生成による作成工数の削減=月三十四万円、ノウハウ共有による機会損失の抑制=月二十八万円、ツール重複・試用の整理=月二十四万円、合計月百三十四万円
- 月次純削減:百三十四万円-二十三万円=月百十一万円
- 投資回収期間:四百八十万円÷百十一万円=約四・三ヶ月
「四ヶ月強の回収です」とGeminiが整理した。「効くのは、やりたいことを並べるのをやめて、掛けて割った点で並べる点です。主張の強い人の案から始めると、届く数の少ない施策に手間を取られる。点で並べるから、五十名全員に毎日効くものが先頭に来る。投資が空振りしません」
割田氏が数字を確認しながら言った。「良いAIを選べば済むと思っていました。点をつけないと、どれから当てるかも決められない」
「RICEは、効き目を手間で割って一列に並べる道具です」と私が応じた。
第三章:点の高い順に出す導入計画
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——やりたい施策の洗い出しと、四つの物差しでの採点。第二ヶ月——点の確定と、実装範囲および対象部門の決定。第三・四ヶ月——商談メモ自動作成の実装とGoogle Workspace連携。第五ヶ月——提案書たたき台生成の展開と営業教育。第六ヶ月——顧客情報整理の統合と効果検証。第七ヶ月以降——実測値による採点の見直し、失注分析への着手」
「点の低い施策は、結局やらないということですか」と割田氏が確認した。
「やらないのではなく、後にします」とClaudeが応じた。「失注分析は、商談メモが溜まっていなければ材料が足りず、今やっても精度が出ない。先に点の高いメモ自動化を回せば、分析の材料が自動的に積み上がって、半年後には手間が下がり、点が上がる。順番を決めることは、捨てることではありません」
割田氏がメモを取りながら言った。「AIを選ぶ前に、当てる順番を決める。順序が見えました」
第四章:点で並べて、社内が揃った日
十ヶ月後、割田氏から報告が届いた。
商談メモは、実装後すぐに変わった。「訪問から戻って一時間、記憶を頼りに書いていたものが、確認と補足だけで済むようになった。五十名分の毎日が軽くなった」と割田氏は記していた。
提案書も速くなった。過去案件を下敷きにしたたたき台が、白紙からの作成を消した。「ゼロから書き起こす時間がなくなった。営業が構成ではなく中身を考えるようになった」と報告書にあった。
最も大きな変化は、社内の決め方に表れた。主張の強さで争う状態から、点で並べる状態に変わった。「役員と現場と情報システムで、言い分が食い違っていた。四つの物差しで採点したら、議論が三十分で終わった。反対していた側も、点を見て納得した」と割田氏は記していた。
失注分析も、時期が来て動き出した。溜まった商談メモが、そのまま材料になった。「先にやっていたら、材料がなくて空回りしていた。順番を待たせた判断が効いた」と報告書にあった。
副次効果として、ツールの契約が整理された。試しては放置する習慣が止まった。「面白そうだから入れてみる、をやめた。何人に届いて、どれだけ効くのか、で見るようになった」と割田氏は記していた。
割田氏の報告書の最後にはこう書かれていた。「AI活用の悩みは、良いツールを見つけられないことだと思っていた。だが本当の問題は、AIで何でもできると聞いたのに、どれから当てるかの物差しがなかったことだ。RICEで四つを採点した瞬間に、先頭も後回しも決まった。ツールを選ぶ前に、順番を決めることが先だった」
AIで何でもできると聞いたがどれから当てるかの物差しがなかった会社が、点で並べて決められる会社に変わった日、営業へのAI導入はやりたい施策の列挙から、届く数と効き目と確からしさを手間で割って一列に並べる設計に変わっていた、と記されていた。
「AI活用の相談は、たいてい『何ができるのか知りたい』という形で来る。だがツールを選ぶ前に問うべきことがある。どれから当てるかは、決まっているか。RICEが問うのは、届く数と効き目と確からしさ、そしてそれを割る手間だ。掛けて割れば、施策は主張の強さではなく点で並ぶ。やりたいことを並べていた会社が、順番を決められた日、変わったのはAIの性能ではなく、効き目を手間で割って比べる視点そのものだった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 商談メモ・提案書作成工数・ノウハウ属人化による機会損失・優先順位未定による判断遅延の可視化
- ROI Proposal Generator — 四つの物差しによる採点を起点にした営業AI導入の投資回収シミュレーション