ROI事件ファイル No.596『契約書を電子化したいが、誰がどれだけ困っているかを聞いていなかった』
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契約書を電子化したいが、誰がどれだけ困っているかを聞いていなかった
第一章:紙と電子が混ざっている、だが順番が決まらない
「契約書の電子化と、管理システムの導入を考えています」
TechNova社の法務部長、推田薦氏は、そう言いながら事情を語った。「紙の契約書はファイルに綴じて保管しています。電子契約はクラウドサインを使っていますが、過去の紙は手つかずです。探すたびに書庫に行って、綴じ込みをめくっている。役員も関心を持っていて、優先度は高い案件です」
「まず、どこから電子化する想定ですか」とClaudeが尋ねた。
「本社で作成・保管している、代表取締役名義のものからです」と推田氏が答えた。「そのあと各拠点に横展開したい。ただ、拠点からは早くしてくれという声もあれば、今のままで困っていないという声もある。どこから手をつけるかで、話がまとまりません」
「誰がどれだけ困っているかは、聞き取って測りましたか」と私が確認した。
「……測っていません」と推田氏が答えた。「探しにくい、という話は聞きます。ただ、どの部署の誰が、どの程度困っていて、どこは困っていないのか。数字にしたことがない」
「印象のままでは、順番は決まりませんね」と私が応じた。「NPSで分解しましょう」
第二章:NPSが問う、推す人と貶す人の差を測る
「この案件には、NPSが必要です」
Claudeがホワイトボードに「推す人・どちらでもない人・貶す人」と書いた。
「NPS——ネット・プロモーター・スコアとは、人に薦められるかを点数で聞き、推す人の割合から貶す人の割合を引いて、満足の度合いを一つの数にするフレームワークです」と私が説明した。「肝は、社内の仕組みにも当てはめること。今の契約書管理を同僚に薦められるかを部署ごとに聞けば、どこが本当に困っているかが数で並ぶ。声の大きい部署から始める必要がなくなります」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。推田氏から提供されたデータを入力する。
「月間のコストが出ました」とGeminiが読み上げた。「契約書の検索・書庫での照会・複写対応の工数が月平均百七十五時間、時給四千円で月七十万円。契約更新期限の見落としによる不利な自動更新と失注が月平均四十二万円。紙と電子が混在することによる原本所在の確認往復が月平均三十四万円。監査・法務調査時の資料収集の集中負荷が月平均三十万円。拠点ごとの保管方法の相違による問い合わせ対応が月平均二十八万円。合計で月二百四万円。年間換算で約二千四百四十八万円」
推田氏が数字を見つめた。「探す手間だけ見ていました。更新期限を見落とした損や、監査のたびの負荷まで足すと、これほどとは」
「では、NPSで設計します」と私が続けた。
[聞く——今の管理を薦められるかを、部署ごとに問う]
「最初に、聞くことです」とClaudeが言った。「本社法務、営業、購買、各拠点の管理部門。今の契約書の探し方を同僚に薦められるかを、点数で答えてもらう。困っている、という言葉は比べられませんが、点数は比べられます」
[貶す人——低い点をつけた人に、理由を尋ねる]
「次に、貶す人です」とGeminiが続けた。「点数の低い人にだけ、何が起きたかを聞く。書庫まで往復して見つからなかった、更新期限に気づかなかった、原本がどこにあるか分からなかった。低い点の裏には、必ず具体的な出来事があります」
[推す人——高い点の理由から、残すものを見つける]
「貶す人の次に、推す人です」と私が続けた。「クラウドサインで完結している範囲は、点数が高い。なぜ高いかを聞けば、締結から保管までが切れていないからだと分かる。その形を、紙の側に移せばよい。うまくいっている部分を壊さないことも設計です」
[差——差の大きい場所から、順に埋める]
「最後に、差です」とClaudeが続けた。「推す人の割合から貶す人の割合を引く。差が最も低い部署が、最初に手をつける場所です。役員の関心や声の大きさではなく、数で順番が決まる。横展開の順序も、この差が決めます」
[投資回収を試算する]
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:部署別の満足度調査・契約書管理システム構築・過去紙契約書の電子化とタグ付け・クラウドサイン連携・更新期限管理の実装・権限設計費用合計五百万円
- 月次費用:システム利用料・保管運用継続費合算月二十三万円
- 月次削減効果:契約書検索・照会対応の削減=月四十九万円(七割削減想定)、更新期限の見落とし防止=月三十四万円、原本所在の確認往復の解消=月二十六万円、監査・法務調査時の資料収集の効率化=月二十四万円、合計月百三十三万円
- 月次純削減:百三十三万円-二十三万円=月百十万円
- 投資回収期間:五百万円÷百十万円=約四・五ヶ月
「四ヶ月半の回収です」とGeminiが整理した。「効くのは、探しにくさを印象のまま扱わず、点数にした点です。声の大きい拠点から始めると、実は困っていない場所に手をかけることになる。差で並べるから、最も痛い場所から埋まる。投資が空振りしません」
推田氏が数字を確認しながら言った。「電子化すれば全部よくなると思っていました。誰がどれだけ困っているかを測らないと、順番も決まらない」
「NPSは、推す人と貶す人の差で優先順位を決める道具です」と私が応じた。
第三章:差で並べる導入計画
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——部署別・拠点別の満足度調査と、低評価の理由の聞き取り。第二ヶ月——差の算出と、着手順および対象契約の確定。第三・四ヶ月——本社の代表取締役名義契約の電子化とタグ付け。第五ヶ月——クラウドサイン連携と更新期限管理の実装。第六ヶ月——差の再測定と効果検証。第七ヶ月以降——差の低い拠点から順に横展開」
「役員の関心が高いうちに、全社一斉にやったほうがよくないですか」と推田氏が確認した。
「一斉にやると、効果が薄まって見えます」とClaudeが応じた。「困っていない拠点まで含めると、費用は全社分かかるのに、数字は動かない部分が混ざる。差の低い場所から埋めれば、最初の三ヶ月で目に見えて変わり、その結果が次の予算を通す材料になる。関心があるうちだからこそ、効く場所から出すことが先です」
推田氏がメモを取りながら言った。「電子化する前に、誰が困っているかを測る。順序が見えました」
第四章:差が見えて、順番が決まった日
十ヶ月後、推田氏から報告が届いた。
契約書の検索は、電子化後、大きく変わった。「書庫に行くことがなくなった。取引先名で引けば、紙も電子も同じ画面に並ぶ」と推田氏は記していた。
更新期限の見落としも止まった。期日の通知が、自動更新の前に届くようになった。「不利な条件のまま一年延びる、ということがなくなった。気づいたときには手遅れ、が消えた」と報告書にあった。
最も大きな変化は、順番の決め方に表れた。声の大きさで決める状態から、差で決める状態に変わった。「早くしてくれ、と言ってくる拠点が最も困っているとは限らなかった。点数を取ったら、黙っていた購買部門が最も低かった」と推田氏は記していた。
再測定でも、効果が数字に出た。着手した部署の差が明確に改善した。「やってよかった、という感想ではなく、点数が何ポイント動いた、で報告できるようになった」と報告書にあった。
副次効果として、社内の他の仕組みにも同じ問いが使われ始めた。薦められるかを聞く発想が根づいた。「便利ですか、ではなく、同僚に薦められますか、と聞くようになった。答えが正直になった」と推田氏は記していた。
推田氏の報告書の最後にはこう書かれていた。「契約書管理の悩みは、紙が残っていることだと思っていた。だが本当の問題は、電子化したいと言いながら、誰がどれだけ困っているかを聞いていなかったことだ。NPSで差を測った瞬間に、始める場所が決まった。電子化する前に、困りごとを数にすることが先だった」
契約書を電子化したいが誰がどれだけ困っているかを聞いていなかった会社が、差で順番を決められる会社に変わった日、契約書の電子化は一斉のデジタル化から、推す人と貶す人の差で優先順位を決める設計に変わっていた、と記されていた。
「電子化の相談は、たいてい『紙をなくしたい』という形で来る。だが手をつける前に問うべきことがある。誰がどれだけ困っているかを、数にしたか。NPSが問うのは、推す人と貶す人、そしてその差だ。差で並べれば、声の大きさではなく痛みの大きさで順番が決まる。印象で語っていた会社が、困りごとを数にできた日、変わったのは保管の方法ではなく、満足を測って比べる視点そのものだった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 契約書検索工数・更新期限見落としによる損失・原本所在確認の往復コストの可視化
- ROI Proposal Generator — 推す人と貶す人の差による優先順位づけを起点にした契約書電子化の投資回収シミュレーション