ROI事件ファイル No.466『届かない発注、見えない在庫』
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届かない発注、見えない在庫
第一章:FAXが来なかった朝
「先月、営業所から発注が来ていたのに、気づいたのが三日後でした」
Globex Corporation社の管理部長、高橋純子氏は、そう言いながら一枚のFAX用紙をテーブルに置いた。受信日付は月初め。処理済みのスタンプが押されたのは、三日後の日付だった。
「FAXが来ていたのに、なぜ気づかなかったのですか」と私は尋ねた。
「FAX受信の確認が、誰の担当か曖昧になっていたからです」と高橋氏が答えた。「グループ会社の在庫管理担当が三名いますが、その日はうち一名が体調不良で休んでいた。残り二名が通常業務で手いっぱいになり、FAXトレーを確認するタイミングがなかった」
「発注のルートは今、どうなっていますか」とClaudeが確認した。
「営業所が八か所あります」と高橋氏が続けた。「発注方法は営業所によってバラバラです。FAXで送ってくるところ、メールで送ってくるところ、電話で連絡してくるところ——全部混在しています。それを受けたグループ会社の担当者が、エクセルに手入力して在庫を引き当てる。在庫数の確認も、エクセルのファイルを開いて目視で確認します」
「発注予測は」と私が尋ねた。
「できていません」と高橋氏が苦笑した。「どの営業所がいつ何を発注するかは、過去の記録がバラバラで傾向が掴めない。メーカーへの発注タイミングが遅れると、在庫切れになります。逆に早く発注しすぎると、取扱説明書の改訂があった場合に旧版が余る」
「もう一つ、確認させてください」とGeminiが言った。「グループ会社——就労支援の障害者の方が働く会社——の業務を維持しながら、効率化したいとのことでしたが、その二つは今、矛盾していますか」
高橋氏が少し間を置いた。「矛盾しています。効率化すると、グループ会社の仕事が減る。でも、グループ会社の雇用は守りたい。そのジレンマで、ずっと手がつけられていなかった」
「そのジレンマを解くことから始めましょう」と私は言った。
第二章:PDCAが問う四つの回転
「この案件には、PDCAが必要です」
Claudeがホワイトボードに円を描き、四分割した。Plan・Do・Check・Act。
「PDCAとは、計画、実行、検証、改善の四段階を繰り返すことで、業務を継続的に改善するフレームワークです」と私が説明した。「在庫管理のような、毎月繰り返される定型業務に対して特に有効です。一度改善して終わりではなく、数字を見ながら回し続けることで、精度が上がっていきます」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。高橋氏から提供されていた業務ログと、グループ会社担当者へのヒアリング結果を入力する。
数字が返ってきた。
「グループ会社の在庫管理担当三名の月間工数が出ました」とGeminiが読み上げた。「在庫確認・照合・手入力が月六十時間。時給二千二百円で換算すると、月十三万二千円。営業所八か所の発注・問い合わせ対応の合計が月四十時間、時給二千八百円で換算すると月十一万二千円。合計で月二十四万四千円が、この在庫管理の運用コストです。年間換算で二百九十二万八千円です」
高橋氏が数字を見つめた。「ここに、発注漏れによる機会損失は含まれていませんね」
「含まれていません」とClaudeが答えた。「三日間気づかなかった発注が月に何件あるかを試算に加えると、さらに膨らみます。ただ、今日はまず構造を変えることに集中しましょう」
「ではPDCAで設計を始めます」と私が続けた。
[P——Plan:何を変えるかを決める]
「計画フェーズで最初に決めることは、グループ会社の役割を何に再定義するか、です」とClaudeが言った。「今のグループ会社の担当者は、FAXを受け取り、エクセルに手入力し、在庫を目視確認しています。この三つのうち、システムに任せるべきものはどれですか」
高橋氏が考えた。「FAXの受け取りと、エクセルへの手入力は、システムに置き換えられると思います。でも——それを置き換えると、担当者の仕事がなくなる」
「なくなるのではなく、変わります」とGeminiが言った。「在庫の異常値の確認、取扱説明書の改訂版の更新管理、メーカーへの発注タイミングの判断——これらは今、誰もやれていない仕事です。システムが定型業務を引き受けることで、担当者がこの仕事に専念できるようになる。役割が下がるのではなく、上がります」
高橋氏の表情が少し緩んだ。「そう伝えれば、グループ会社も受け入れてくれるかもしれない」
「計画の第二の柱は、発注ルートの統一です」と私が続けた。「FAX、メール、電話が混在している状態を、一つのウェブフォームに集約します。営業所の担当者がフォームに入力すると、グループ会社のシステムにリアルタイムで反映される。FAXトレーを確認する必要がなくなります」
[D——Do:段階的に実行する]
「実行フェーズは、三段階で進めます」とClaudeが言った。
「第一週——発注フォームの導入。営業所八か所に、統一ウェブフォームを展開します。操作説明は一枚の手順書で完結できる設計にします。グループ会社の担当者は、フォームからの通知を受け取るだけでよくなります」
「第二週——在庫データのデジタル化。エクセルで管理していた在庫データを、クラウドの在庫管理システムに移行します。リアルタイムで在庫数が更新されるため、目視確認の作業がなくなります」
「第三週以降——発注予測の仕組みの構築」とGeminiが続けた。「過去の発注データが蓄積されると、営業所別・品目別の発注傾向が見えてきます。三ヶ月分のデータが揃った時点で、メーカーへの発注タイミングの自動提案機能を加えます。これが、在庫切れと旧版在庫の両方を防ぐ仕組みです」
[C——Check:数字で検証する]
「検証フェーズでは、四つの指標を週次で記録してください」と私が続けた。
「発注漏れ件数、在庫照合の所要時間、営業所からの問い合わせ件数、グループ会社担当者の残業時間——この四つです」とClaudeが言った。「数字が変化しない項目が見つかった場合、そこにまだ解決されていない問題が残っています。PDCAは、変化しない項目を見つけるためにも回します」
[A——Act:改善を次の計画に変える]
「改善フェーズは、検証で見つかった問題を次のPlanに変換する作業です」とGeminiが言った。「例えば、特定の営業所だけ発注フォームの利用率が低い場合、その営業所の担当者への個別サポートが必要かもしれません。データが揃うと、どこに手を打つべきかが自然に見えてきます」
第三章:ジレンマの解き方
「ROI Proposal Generatorで投資計画を試算しましょう」と私が提案した。
導入費用と削減効果が並んだ。
- 初期費用:在庫管理システム導入・設定費用九十万円
- 月次費用:クラウドライセンス料金月八万円
- 月次削減効果:管理側五十五パーセント削減=月七万二千六百円、営業所側七十パーセント削減=月七万八千四百円、合計月十五万一千円削減
- 月次純削減:十五万一千円-八万円=月七万一千円の純改善
- 投資回収期間:九十万円÷七万一千円=約十二・七ヶ月
「一年強での回収です」とGeminiが整理した。「ただし、発注漏れによる機会損失の回避、在庫切れによる顧客対応コストの削減、旧版在庫の廃棄コストの削減を加えると、実質の回収はさらに早まります」
高橋氏が腕を組んだ。「グループ会社のことを、どう伝えればいいか、まだ迷っています」
「一つ、聞かせてください」とClaudeが言った。「グループ会社の担当者は今、自分の仕事に誇りを感じていますか」
高橋氏が少し考えた。「FAXを受け取ってエクセルに入力する作業に、誇りを感じているかと言われると——感じていないと思います。ミスが怖いと言っていました」
「ではむしろ」とClaudeが静かに言った。「システムが定型業務を引き受けることで、担当者はミスを恐れる仕事から解放されます。異常値を見つける仕事、改訂版を管理する仕事——これらは判断が必要な仕事です。人間がやるべき仕事です。定型をシステムに渡し、判断を人間が持つ。その再定義が、グループ会社の雇用を守る新しい形です」
高橋氏が深く息を吐いた。「そう言えば、伝わるかもしれない」
第四章:発注が届く朝になった
五ヶ月後、高橋氏から報告が届いた。
発注フォームの導入後、FAXとメールと電話が混在していた発注ルートが一本に統一された。導入翌週から、発注漏れはゼロになった。グループ会社の担当者三名の月間工数は六十時間から二十七時間に削減され、空いた時間を使い、一名が在庫の異常値モニタリングに専念し始めた。
三ヶ月分の発注データが蓄積された時点で、営業所別の発注傾向が初めて可視化された。特定の営業所が月末に集中して発注していることが分かり、月中への分散を依頼したところ、メーカーへの発注リードタイムが安定した。旧版の取扱説明書の廃棄コストは、前年比で四十二パーセント減少した。
グループ会社の担当者へのヒアリング結果も報告書に含まれていた。「入力ミスを心配しなくてよくなった。今は、数字の変化を見ることに集中できている」という声があった。
高橋氏の報告書には最後にこう記されていた。「PDCAを回すことで、最初は見えていなかった問題が次々と出てきました。でも、それは失敗ではなく、見えるようになったということでした。データが揃うと、問いが生まれます。問いが生まれると、次のPlanが書けます。PDCAは、終わらない改善の地図でした」
FAXが来なかった朝は、もう来なくなった。
「在庫管理の問題は、在庫の問題ではなかった。情報が届かない構造の問題だった。PDCAが問うのは、何を直すかではなく、何を測るかだ。測らなければ、変化は見えない。変化が見えなければ、改善は始まらない。アナログの発注が生む見えないコストは、デジタル化した瞬間に数字になる。数字になった瞬間に、次の問いが生まれる。PDCAは、問いを生み続けるフレームワークだ」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 在庫管理・発注対応の工数コスト可視化と削減効果試算
- ROI Proposal Generator — システム導入の投資回収シミュレーション