ROI事件ファイル No.487『三つに分かれた人事』
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三つに分かれた人事
第一章:労務・勤怠・給与、三つのシステムを開く朝
「毎月二十一日から二十五日の五日間、私は三つのシステムを何度も行き来しています」
GlobalTech社の人事部長、佐々木恵子氏は、そう言いながら画面を切り替えて見せた。労務管理のSmartHR、勤怠管理の別ベンダー、給与計算はまた別のシステム——どれも別々のログイン画面、別々の画面設計。
「給与計算の締めに向けて、三つの間でデータを突き合わせます」と佐々木氏が続けた。「勤怠データを書き出して、給与システムに読み込む。労務データから社会保険の変更を確認して、給与側に反映する。人事マスターは三つそれぞれに存在していて、どれが最新か、毎月確認している」
「社員数は」と私が尋ねた。
「約二百八十名です」と佐々木氏が答えた。「この規模で三システム並行は、明らかに過剰です。ただ、各システムを導入した経緯がバラバラで、今まで統合の機会がなかった」
「SmartHRへの不満は」とClaudeが確認した。
「複数あります」と佐々木氏が答えた。「サポート体制が薄い。問い合わせて返信まで三日かかることがあります。価格が継続的に値上がりしている。三年前と比べて年額で六割上がっています。そして、独自の評価制度を運用したくてもカスタム項目の柔軟性が足りない」
「給与計算と各種申請業務はどう処理していますか」とGeminiが尋ねた。
「社労士にアウトソースしています」と佐々木氏が答えた。「月次費用が月三十五万円。ただ、社労士に依頼するためのデータ準備が、こちらで月四十時間かかる。実質、二重にコストを払っている状態です」
「2027年4月のSmartHR更新が、乗り換えのタイミングとのことでしたね」と私が確認した。
「そこで動きたいです」と佐々木氏が答えた。「ただ、複数ベンダーから提案を受けると、それぞれ切り口が違って比較できない。何を軸に判断すべきか、情報整理から始めないと動けない状態です」
「情報が整理されていない状態で、比較しても決まらない」と私が静かに言った。「MECEがその整理の道具です」
第二章:MECEが問う重複と漏れ
「この案件には、MECEが必要です」
Claudeがホワイトボードに四文字を書いた。M・E・C・E。
「MECEとは、Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive——互いに重複せず、全体として漏れがない——という意味です」と私が説明した。「複雑な課題を整理する時、項目が重複していると議論が堂々巡りになります。漏れがあると、後から想定外の問題が出てきます。MECEは、課題を分解する際の『切り分け方の質』を問う考え方です。労務・勤怠・給与のような、境界が曖昧になりやすい領域では、MECEな分解が選定の出発点です」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。佐々木氏から提供されていた業務ログを入力する。
「月間の労務関連コストが出ました」とGeminiが読み上げた。「人事部員四名が月締め作業に合計百五十時間。時給三千二百円で月四十八万円。社労士アウトソース費用が月三十五万円、社労士へのデータ準備工数が月四十時間で月十二万八千円。三システム間のデータ整合性確認が月六十時間、月十九万二千円。SmartHRツール費用が月八万円。勤怠管理システムが月四万円、給与システムが月六万円。合計で月百三十三万円。年間換算で千五百九十六万円」
佐々木氏が数字を確認した。「ツール費用と人件費の両方が積み重なっていますね」
「では、MECEで設計します」と私が続けた。
[MECE第一軸——人事機能の全体像を分解する]
「人事・労務領域の機能を、重複も漏れもなく分解します」とClaudeが言った。「五つに分けます。第一に、人事マスター管理——従業員情報の台帳。第二に、勤怠管理——出退勤・休暇・残業の記録。第三に、給与・賞与計算。第四に、社会保険・労務手続き——入退社、保険加入、申請書類。第五に、評価管理——人事評価の記録と運用。この五つで、人事領域のほぼ全てがカバーされます」
「今は、どう分かれていますか」と佐々木氏が尋ねた。
「第一と第四がSmartHR、第二が別ベンダーの勤怠システム、第三が給与システム、第五は実質Excelです」とClaudeが整理した。「第一——人事マスターが、第二と第三のシステムにもコピーで存在している。これが重複です。第五の評価は、どのシステムでも十分に扱えていない。これが漏れです」
[MECE第二軸——機能統合の選択肢を分解する]
「機能統合のパターンを、重複なく漏れなく挙げます」とGeminiが続けた。「第一に、統合型——一つのシステムで五機能すべてをカバー。第二に、ハブ型——人事マスターをハブとして、勤怠・給与・評価を連携。第三に、現状維持型——三システムの連携を強化するのみ。この三パターンで、選択肢はほぼ尽きます」
「統合型が理想に見えますが」と佐々木氏が言った。
「見えます」と私が答えた。「ただし統合型の弱点は、一機能が弱いと全機能が弱くなる点です。勤怠管理は専門ベンダーのほうが機能が豊富、という実態がある。逆にハブ型は、人事マスターを一元化しつつ、勤怠や給与は専門システムを使える。GlobalTech社の規模と独自評価制度を考えると、ハブ型が現実的な候補になります」
[MECE第三軸——選定基準を分解する]
「システム選定の基準を分解します」とClaudeが続けた。「第一に、機能適合度——五機能それぞれの必要要件をどこまで満たすか。第二に、連携性——他システムとのAPI連携の容易さ。第三に、カスタマイズ性——独自評価制度への対応可否。第四に、サポート体制——問い合わせ対応の速度と質。第五に、総所有コスト——ライセンス費用、連携開発費、運用保守費を含む五年間の総額」
「現状のSmartHRは、第四でつまずいていたんですね」と佐々木氏が確認した。
「そうです」とGeminiが答えた。「第一の機能適合度では評価が高くても、第四のサポート体制が弱ければ、実務で回りません。基準が複数あることで、特定の強みだけで判断しない構造になります」
[MECE第四軸——内製化の境界を分解する]
「社労士アウトソース業務を、内製化可否で分解します」と私が続けた。「第一に、法改正対応が必要な業務——社会保険手続き、労働法対応。第二に、給与計算の実行——システムがあれば実行自体は容易。第三に、各種申請書類の作成と提出。第四に、専門判断——給与設計、就業規則の修正」
「どこまで内製化できますか」と佐々木氏が尋ねた。
「第二と第三は、新システム導入により内製化可能」とClaudeが答えた。「第一と第四は、社労士への相談を残す価値があります。全部を内製化するのではなく、内製化すべき領域を切り分けることが、アウトソース費削減と専門性確保を両立させます」
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:人事マスター統合システム導入・勤怠/給与システムとの連携開発・データ移行・研修費用合計九百五十万円
- 月次費用:統合システム月十五万円、既存勤怠・給与システム継続で月十万円、社労士費用を専門業務のみに限定して月十五万円、合計月四十万円
- 月次削減効果:月締め作業削減=月三十二万円(約七十パーセント削減)、整合性確認削減=月十九万二千円、社労士アウトソース費削減=月二十万円、社労士へのデータ準備削減=月十万円、合計月八十一万二千円
- 月次純削減:八十一万二千円-(四十万円-旧合計十八万円)=月五十九万二千円
- 投資回収期間:九百五十万円÷五十九万二千円=約十六・〇ヶ月
「一年半弱の回収です」とGeminiが整理した。「二年目以降は年間七百十万円の純削減が続きます。SmartHRの値上がり傾向を考慮すると、乗り換えない場合の五年後コストは現状より増えている可能性が高い。今動くことが、将来のコスト上昇を止める意味もあります」
佐々木氏が数字を確認しながら言った。「三年前にSmartHRを入れた時は、これで統合できると思いました。今、次の統合を検討している。前回と同じ失敗を繰り返さないために、今日の整理が必要だったんですね」
第三章:重複も漏れもない選定へ
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——人事領域の五機能それぞれについて、現状業務フローを文書化。第二ヶ月——統合型・ハブ型それぞれで候補ベンダー三社ずつ、計六社に情報収集依頼。第三ヶ月——五つの選定基準で一次絞り込み、三社に対してRFP発行。第四ヶ月——提案受領と比較評価、一社決定。第五ヶ月以降——2027年4月切り替えに向けた開発・移行準備」
「ハブ型前提で進めますか」と佐々木氏が確認した。
「ハブ型と統合型の両方を見ます」とClaudeが答えた。「最初から片方に絞ると、見えない選択肢が増えます。提案を受けた段階で、GlobalTech社にとって最適な形が見えてきます」
佐々木氏が資料を閉じながら言った。「三つのシステムを使い続けるか、一つに統合するか、二択で考えていました。ハブ型という第三の選択肢は、今日初めて選択肢になりました」
第四章:月締めが、二日で終わる日
十三ヶ月後、佐々木氏から報告が届いた。
検討の結果、ハブ型構成が採用された。人事マスターを統合プラットフォームで一元化し、勤怠管理は既存専門ベンダーを継続、給与計算は新システムに移行。2027年4月の稼働開始から二ヶ月で、月締め作業は従来五日間から二日間に短縮。「三つのシステムを行き来する時間が消えた」と佐々木氏は記していた。
社労士との関係は、月次の給与計算業務を解約し、法改正対応と就業規則相談のみの顧問契約に切り替え。月次費用は三十五万円から十五万円に。社労士側からも「本来の専門業務に集中できる」と前向きな反応があった。
独自評価制度の運用は、新システムのカスタム項目機能で完結。評価シートの配布から集計までが、従来の人事部手作業から自動化され、評価期間中の残業がほぼゼロになった。
最も大きな変化は、人事部員の声にあった。「月末に戦々恐々としなくなった」「データが一箇所にあることで、経営層からの質問に即答できるようになった」——報告書に添えられたアンケートから抜粋されていた。
SmartHR継続シナリオと比較したコスト試算では、五年総額で約四千三百万円の削減となる見込み。「値上がりし続けるシステムと、値上げがしづらい統合プラットフォームの差が、時間とともに開いていく」と佐々木氏は書いていた。
三つに分かれていた人事が、一つの台帳で動き始めた日だった。
「三つのシステムに分かれていた人事は、三つの月締め作業を生んでいた。MECEが問うのは、重複と漏れのない分解だ。労務・勤怠・給与・手続き・評価——五つに分解すると、どこに重複があり、どこに漏れがあるかが見える。統合型かハブ型か現状維持型か——三つに分解すると、GlobalTech社の最適が見える。重複も漏れもない分解ができると、選定は自然に進む。三つに分かれた人事が、一つの台帳になった日、月末の朝が別の時間になった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 労務・勤怠・給与の分断コスト・アウトソースコストの可視化
- ROI Proposal Generator — 人事システム統合の投資回収シミュレーション