ROI事件ファイル No.513『保守期限という、見せかけの問題』
![]()
保守期限という、見せかけの問題
第一章:保守期限が、来年の年末に切れる
「データ連携システムの保守期限が、二〇二七年十二月で切れます。来期予算を取るために、今期中に移行先を決めたい」
DataSync Solutions社の情報システム部長、瀬戸海斗氏は、そう言いながらシステム構成図を開いた。十年前の基幹刷新時に導入されたデータ連携基盤。社内三十系統のシステムと、外部取引先二百社とのデータをつなぐハブだった。「ベンダー選定の支援をお願いしたい。データ連携に強い会社を紹介してほしい」
「移行スコープは決まっていますか」とClaudeが尋ねた。
「現行の機能をそのまま移す、という方向で社内合意済みです」と瀬戸氏が答えた。「ただ、本当にそれでいいのか、自分の中で迷いがある。十年前と業務も連携先も変わっている。同じものを作り直すだけで、本当に投資に見合うのか」
「迷いの正体は」と私が確認した。
「うまく言語化できません」と瀬戸氏が答えた。「とにかく保守期限が迫っているので動かないといけない。動かないと業務が止まる。でも、急いで決めて十年使うシステムを、もう一度同じ形で作っていいのか」
「保守期限が問題に見えているだけかもしれませんね」と私が応じた。「5WHYSで掘り下げましょう」
第二章:5WHYSが問う、なぜを五回重ねる
「この案件には、5WHYSが必要です」
Claudeがホワイトボードに「なぜ?」と五回書いた。
「5WHYSとは、表面の問題に対して『なぜ』を五回繰り返し、根本原因に到達する分析手法です」と私が説明した。「トヨタ生産方式で確立された古典的なフレームですが、システム移行のような大型投資の前にこそ価値があります。表面の問題で動いてしまうと、十年使うシステムを、誤った前提で作ることになる」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。瀬戸氏から提供されたデータを入力する。
「月間の関連コストが出ました」とGeminiが読み上げた。「現行データ連携システムの保守費が月七十万円。連携障害発生時の復旧工数が月平均四十時間、月十八万円。連携先追加・変更対応の工数が月平均六十時間、月二十八万円。新規ビジネス機会への連携対応遅延コストが月平均九十万円——古い設計のため新規連携の構築に時間がかかる損失。顧客からのデータ連携要望に応えられない機会損失が月平均六十万円。サポート切れ後のリスク期待値が月平均五十万円。合計で月三百十六万円。年間換算で約三千七百九十万円」
瀬戸氏が数字を見つめた。「保守費は把握していました。間接コストがここまで積み上がっているとは」
「では、5WHYSで掘り下げます」と私が続けた。
[Why 1——なぜ保守期限が問題なのか]
「最初の『なぜ』です」とClaudeが言った。「保守期限が切れると、ベンダーサポートが受けられなくなる。障害発生時の対応が自社内で完結できず、復旧が長期化するリスクが発生する。これが表面の問題層です」
[Why 2——なぜサポート切れが業務リスクなのか]
「二つ目の『なぜ』」とGeminiが続けた。「サポートが切れた状態で障害が起きると、データ連携が長時間停止する。連携停止は、社内三十系統と外部二百社の業務を同時に止める。リスクの広がりが、システム単体の問題を超える」
[Why 3——なぜ連携停止が顧客影響につながるのか]
「三つ目の『なぜ』です」と私が続けた。「貴社のデータ連携基盤は、顧客企業の業務にも組み込まれている。顧客側の業務フローが、貴社の連携を前提に設計されているため、停止は顧客の業務にも波及する。BtoBビジネスの構造的特性です」
[Why 4——なぜ顧客影響が信頼問題に直結するのか]
「四つ目の『なぜ』」とClaudeが続けた。「貴社の業界では、データ連携の安定性が選定基準の中核になっている。一度の重大停止が、契約継続の判断に直接影響する。信頼は積み上げに時間がかかるが、失うのは一瞬という構造です」
[Why 5——なぜ信頼が収益基盤の本質なのか]
「最後の『なぜ』です」とGeminiが続けた。「貴社の年間売上の七割が、五年以上の継続契約顧客から生まれている。新規開拓に比べて、既存顧客の継続による収益基盤の比重が圧倒的に大きい。保守期限の問題は、システム問題ではなく、収益基盤の継続性の問題でした」
[根本原因が見えた瞬間に、設計方針が変わる]
「Why 5に到達して見えたのは、移行の本質が『現行機能の再実装』ではないということです」と私が続けた。「収益基盤を支える連携の継続性と、新規ビジネスへの拡張性、両方を満たす設計が必要になる。同じものを作り直すだけでは、十年後にまた同じ議論をすることになります」
[投資回収を試算する]
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:要件再定義・拡張性を組み込んだ新基盤開発・既存連携の段階移行・顧客側調整・運用設計費用合計三千二百万円
- 月次費用:新基盤運用・保守継続費合算月四十二万円
- 月次削減効果:保守費削減=月二十八万円、連携障害復旧工数削減=月十二万円、連携追加工数削減=月二十二万円、新規ビジネス連携対応速度向上=月七十万円、顧客連携要望対応=月四十八万円、サポート切れリスク低減=月五十万円、合計月二百三十万円
- 月次純削減:二百三十万円-四十二万円=月百八十八万円
- 投資回収期間:三千二百万円÷百八十八万円=約十七ヶ月
「一年半弱の回収です」とGeminiが整理した。「単なる現行機能の置き換えでは三千万円規模の投資回収は厳しい。新規連携の構築速度向上と、顧客要望への対応力こそが、この投資の本質的なリターンです」
瀬戸氏が数字を確認しながら言った。「移行コストだけを見ていました。同じものを作り直す前提だったから、見えていなかった」
「5WHYSは、判断の前提を疑う道具です」と私が応じた。
第三章:根本原因から逆算する移行計画
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一・二ヶ月——既存連携二百社の利用パターン分析、収益貢献度別の連携ランキング作成。第三・四ヶ月——拡張性を組み込んだ新基盤の要件定義、ベンダー選定RFP発行。第五ヶ月——ベンダー決定、契約。第六から十二ヶ月——新基盤構築、移行優先順位の高い連携から段階移行開始。第十三から二十ヶ月——残りの連携の段階移行、顧客側調整。第二十一ヶ月——旧基盤停止、現サポート期限の二〇二七年十二月に間に合わせる」
「予算の取り方は」と瀬戸氏が確認した。
「経営層への説明は、保守期限の話だけでなく、収益基盤の話で進めるべきです」とClaudeが応じた。「3,200万円の投資が、年間売上七割を占める既存顧客の継続性を支える、という構造で説明する。投資の意味づけが変われば、稟議の通り方も変わります」
瀬戸氏がメモを取りながら言った。「経営層に『保守期限が切れるから』と説明するつもりでした。投資意味の説明が、根本から変わりますね」
第四章:保守期限の向こうに見えた、別の景色
二十四ヶ月後、瀬戸氏から報告が届いた。
新データ連携基盤は、二〇二七年十一月に予定通り全面稼働。旧システムの保守期限切れに間に合った。「期限内に間に合わせるという表面のミッションは達成した。ただ、本当の成果は別のところにあった」と瀬戸氏は記していた。
新規ビジネスの立ち上げ速度が大幅に改善された。新規顧客との連携構築が、従来三ヶ月かかっていたものが平均二週間で稼働するようになり、営業部から開発部への連携依頼の優先度交渉が消えた。「以前は『開発リソース不足』を理由に営業が機会を逃していた。今はその制約が消えた」と報告書にあった。
既存顧客からの拡張要望にも対応できるようになった。「貴社のシステムは古いから新しい連携は無理」と諦められていた要望に、次々と応えられるようになった。継続契約の更新率は、移行前から二ポイント上昇。「数字としては小さいが、収益基盤の七割を占める領域での二ポイントは、年間で見ると大きい」と瀬戸氏は記していた。
最も意外な変化は、社内のシステム議論の質に表れた。「保守期限が切れるから対応する」という受動的な議論から、「収益基盤の継続性を支えるためにシステムをどう設計するか」という能動的な議論に変わった。「経営会議でのIT議論が、コストの話から投資の話に変わった」と報告書にあった。
副次効果として、ベンダー選定のプロセスも変わった。RFPの段階で「拡張性」「顧客側調整サポート」「収益基盤への影響理解」が評価軸に入り、価格だけのベンダー比較が消えた。「ベンダー側からも『提案の質が変わった』と言われた」と瀬戸氏は記していた。
データ連携の障害発生件数も減少した。新基盤の設計時点で監視体制が組み込まれ、障害の予兆検知ができるようになった。「障害が起きてから対応していた頃と、根本的に違う運用になった」と報告書にあった。
瀬戸氏の報告書の最後にはこう書かれていた。「保守期限という表面の問題で動いていたら、同じシステムを十年作り直しただけで終わっていた。5WHYSで掘り下げた結果、見えたのは収益基盤の話だった。問題の階層が変わると、設計が根本から変わる」
二〇二七年十二月、旧システムの停止スイッチを押したのは、現場のエンジニアではなく経営者だった、と記されていた。
「期限が迫っているから動く、というのは思考停止の入り口だ。なぜを五回重ねれば、表面の問題の向こうに、本当の問題が見えてくる。保守期限が切れる、はシステムの問題に見える。掘り下げると顧客信頼の問題であり、収益基盤の継続性の問題だった。同じものを作り直すか、拡張性のある基盤を作るか、判断の前提そのものが変わる。5WHYSが問うのは、なぜを止めない覚悟だ。期限という外圧で動いていた組織で、なぜを五回重ねた日、変わったのは移行計画ではなく、投資の意味づけだった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 保守費・連携障害コスト・新規ビジネス機会損失の可視化
- ROI Proposal Generator — 拡張性組込型データ連携基盤の投資回収シミュレーション