ROI事件ファイル No.477『在庫が嘘をついていた』
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在庫が嘘をついていた
第一章:システムの在庫と、倉庫の在庫が違う
「先月、在庫があるはずの商品が、倉庫になかったことがあります」
GlobalBuild社の在庫管理責任者、佐野真一氏は、そう言いながらExcelのシートを開いた。輸入建材の品番と数量が縦に並んでいる。いくつかのセルが赤く塗られていた。
「赤いセルは何ですか」と私は尋ねた。
「システム上の在庫と、実際の在庫に乖離があるものです」と佐野氏が答えた。「今月確認したら十七品番で差異が出ていました。多いもので実在庫よりシステム在庫が三十個多い。つまり、あるはずのものがない」
「原因は分かっていますか」とClaudeが確認した。
「ほぼ分かっています」と佐野氏が答えた。「営業担当者が受注に備えて在庫を引当予約します。受注がキャンセルになったとき、引当の解除を忘れる。解除されないまま在庫が引き当たり続けるので、システム上は在庫があるように見える。でも実際にはその分が次の顧客に出荷されている」
「引当解除の漏れは、どのくらいの頻度で起きていますか」とGeminiが尋ねた。
「月に八件から十二件程度です」と佐野氏が答えた。「営業が八名いて、それぞれが自分の担当案件の引当を管理している。誰かに集中しているわけではなく、全員から発生しています」
「需要予測についても課題がありますね」と私が確認した。
「あります」と佐野氏が続けた。「輸入建材は発注から入荷まで二ヶ月から三ヶ月かかります。それなのに需要予測が過去の出荷実績だけを見ている。住宅着工件数の変動や、建材価格の動きを見ていない。結果として、過剰在庫と欠品が同時に起きています」
「過剰在庫が資金をどのくらい拘束していますか」と私が確認した。
佐野氏が別のシートを開いた。「現在の在庫総額が約一億二千万円です。そのうち回転率が低い、いわゆる滞留在庫が約三千万円あると推計しています」
第二章:TPSが問う三つの排除
「この案件には、TPSが必要です」
Claudeがホワイトボードに三つの言葉を書いた。ジャストインタイム・カンバン・ムダの排除。
「TPSとはトヨタ生産方式の略で、製造業の在庫管理を革新したフレームワークです」と私が説明した。「輸入建材のような、リードタイムが長く需要変動が大きいビジネスに適用するには工夫が必要ですが、核心にある三つの思想——必要なものを、必要なときに、必要な量だけ——は、どの業種にも使えます。GlobalBuild社の課題は、この三つが全て崩れている状態です」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。佐野氏から提供されていた在庫データと、引当ミスの記録を入力する。
「月間の在庫管理コストが出ました」とGeminiが読み上げた。「引当解除漏れによる在庫差異の確認・修正作業が月平均二十五時間、時給二千七百円で月六万七千五百円。欠品対応(緊急発注・顧客調整)が月平均十五件、一件あたり平均工数三時間で月四十五時間、月十二万一千五百円。滞留在庫三千万円に対する資金コスト(年利二パーセント換算)が月五万円。合計で月二十三万九千円。年間換算で二百八十六万八千円が、在庫管理の非効率から発生しています。滞留在庫の機会損失を含めると、さらに大きくなります」
佐野氏が数字を確認した。「欠品対応のコストは計算したことがなかった。一件三時間というのは、妥当な数字です」
「では、TPSで整理します」と私が続けた。
[ジャストインタイム——需要に合わせた発注タイミングを設計する]
「輸入建材でジャストインタイムを実現するには、リードタイムを見越した発注基準が必要です」とClaudeが言った。「現在の発注判断は、誰がどのタイミングで行っていますか」
「基本的には私が判断しています」と佐野氏が答えた。「在庫が一定量を下回ったら発注、という感覚的な基準があります。ただ、その基準が品番によってバラバラです」
「品番ごとに、発注点と安全在庫を数字で定義することが最初の作業です」とGeminiが続けた。「計算式は、リードタイム中の平均需要量プラス安全在庫。安全在庫は、需要の標準偏差にリードタイムの平方根をかけた値を目安にします。この数字が品番ごとに出ると、感覚ではなく数字で発注判断ができます」
「住宅着工件数を需要予測に入れることはできますか」と佐野氏が確認した。
「できます」とClaudeが答えた。「国交省が月次で公表する住宅着工統計を、発注基準の外部変数として加えます。着工件数が前月比で落ちていれば、発注量を絞る。上がっていれば、発注点を早める。この調整を月次で行うことで、過去実績だけに頼らない予測になります」
[カンバン——引当状況を全員が見える状態にする]
「引当解除漏れの根本原因は、引当状況が担当者の頭の中にあることです」とGeminiが言った。「カンバンの思想は、状態を見える化することです。引当状況をリアルタイムで全員が確認できるシステムにすれば、漏れは構造的に減ります」
「具体的には」とClaudeが続けた。「現在のExcel管理を、クラウドの在庫管理ツールに移行します。引当予約を登録すると、キャンセル期限日が自動で設定される。期限日前日にアラートが担当者に飛ぶ。期限を過ぎると自動的に引当が解除される。この設計で、解除漏れが構造的になくなります」
「自動解除は、担当者に確認なしで動くのですか」と佐野氏が確認した。
「アラートへの返信がない場合のみ、自動解除します」とGeminiが答えた。「担当者が確認して延長すれば、継続できます。放置した場合だけ自動で解除される。この設計が、漏れと過剰引当の両方を防ぎます」
[ムダの排除——滞留在庫を減らす]
「三千万円の滞留在庫を整理します」と私が続けた。「まず、滞留品番を回転率でランク分けします。六ヶ月以上動いていないものを廃番候補として、値引き販売か返品交渉の対象にします。次に、今後の発注品番を絞ります。売れ筋上位三十パーセントの品番が、出荷の八十パーセントを占めているはずです」
「その通りです」と佐野氏が頷いた。「ただ、お客さんの要望に応えるために品番を増やしてきた経緯があります」
「品番を減らすことは、顧客への提供価値を下げることではありません」とClaudeが静かに言った。「動かない在庫を持ち続けることは、動く在庫を仕入れる資金を拘束することです。三千万円が解放されれば、売れ筋をより早く、より多く仕入れられます」
「ROI Proposal Generatorで投資計画を試算しましょう」とGeminiが提案した。
クラウド在庫管理導入と滞留在庫解消の試算が出た。
- 初期費用:クラウド在庫管理システム導入・発注基準設計費用合計九十万円
- 月次費用:システム利用料月四万円
- 月次削減効果:引当解除漏れ対応ゼロ化=月六万七千五百円、欠品対応削減七十パーセント=月八万五千円、滞留在庫資金コスト削減=月二万五千円、合計月十七万七千五百円
- 月次純削減:十七万七千五百円-四万円=月十三万七千五百円
- 投資回収期間:九十万円÷十三万七千五百円=約六・五ヶ月
「七ヶ月以内での回収です」とGeminiが整理した。「加えて、滞留在庫三千万円の解消が進むと、資金繰りの改善効果が別途生まれます」
第三章:在庫に名前をつける
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——品番ごとの発注点・安全在庫の計算と、滞留在庫のランク分け。第二ヶ月——クラウド在庫管理の導入と、引当アラート機能の設定。第三ヶ月——住宅着工統計との連動発注基準の試験運用。第四ヶ月以降——月次で発注基準を見直し、滞留品番の整理を継続」
「発注基準の計算は、私が一人でできますか」と佐野氏が確認した。
「品番数が多ければ、最初だけ手伝います」とGeminiが答えた。「計算式をExcelのテンプレートに落とし込んで渡します。それ以降は、数字を更新するだけで基準が出ます」
佐野氏が滞留在庫の一覧を眺めながら言った。「この三千万円が、ずっと倉庫の隅にあります。動かないことは分かっている。でも、捨てることもできなかった」
「在庫は、売れて初めて資産になります」と私が静かに言った。「動かない在庫は、眠っているお金です。眠らせている間にも、倉庫の場所代と資金コストが積み上がっています。解消することが、最も合理的な判断です」
第四章:システムと倉庫の数字が一致した日
八ヶ月後、佐野氏から報告が届いた。
クラウド在庫管理の稼働から一ヶ月で、引当解除漏れが月平均十件からゼロ件に減少した。「アラートが来るので、忘れようがない」と営業担当者が言ったと、佐野氏は報告書に記していた。
在庫差異の確認作業は月二十五時間から三時間に削減。欠品対応件数は月十五件から四件に減少した。
滞留在庫の整理は、値引き販売と一部返品交渉で六ヶ月間に約九百万円が解消された。残り二千百万円は継続整理中だが、新規発注での滞留品番が減少しており、半年後には全体の七十パーセント解消の見込みだと佐野氏は書いていた。
発注基準に住宅着工統計を組み込んだ月から、過剰発注による滞留新規発生がゼロになった。
佐野氏の報告書には最後にこう記されていた。「システムの在庫と倉庫の在庫が一致すると、数字を信頼できるようになります。信頼できる数字で発注判断をすると、判断が早くなります。判断が早くなると、欠品も過剰も減ります。在庫が嘘をつかなくなった日から、仕事の感触が変わりました」
在庫が、正直になった日だった。
「在庫が嘘をつく理由は、引当の状態が見えないからだ。見えないものは管理できない。TPSが問う三つの排除——ジャストインタイム、カンバン、ムダ——は、必要なものを、必要なときに、必要な量だけ持つための設計だ。輸入建材にリードタイムがあっても、住宅着工件数に需要の予兆がある。予兆を数字にすると、感覚が基準になる。三千万円の滞留在庫が動き始めた日、倉庫の隅にあったお金が目を覚ました」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 在庫差異・欠品対応・滞留コストの可視化
- ROI Proposal Generator — クラウド在庫管理導入の投資回収シミュレーション