ROI事件ファイル No.594『価格のばらつきを直したいが、なぜ人によって違うのかを聞いていなかった』
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価格のばらつきを直したいが、なぜ人によって違うのかを聞いていなかった
第一章:見積りを揃えたい、だが揃え方が決まらない
「見積書の作成に、AIを入れたいんです」
QuantisPrint社の代表、共田感氏は、そう言いながら事情を語った。創業二十五年の印刷会社だ。「年間で五千四百件以上の見積りを出しています。営業が六名いて、同じような案件でも、出す金額が人によって違う。あとから知られて気まずいことになったこともあります。標準化したい」
「その違いは、どこから出ていますか」とClaudeが尋ねた。
「経験の差だと思います」と共田氏が答えた。「印刷は仕様が細かいんです。紙の種類、色数、折り、加工、部数の刻み、納期の余裕。ベテランは勘所で出す。若手は表を引いて出す。ベテランのほうが安く出すこともあれば、高く出すこともある。とにかく揃えたい」
「そのベテランが、なぜその金額にしたのかは、聞き取りましたか」と私が確認した。
「……聞いていません」と共田氏が答えた。「揃えることばかり考えていました。何を見て、どこで足したり引いたりしているのか。本人の口から聞いたことがない」
「理由を聞かずに揃えると、要る判断まで消えますね」と私が応じた。「DESIGN THINKINGで分解しましょう」
第二章:DESIGN THINKINGが問う、まず聞き取ってから作る
「この案件には、DESIGN THINKINGが必要です」
Claudeがホワイトボードに「共感・定義・発案・試作・検証」と書いた。
「DESIGN THINKING——デザイン思考とは、使う人を観察し、課題を言い直し、試作を回しながら形を決めていくフレームワークです」と私が説明した。「肝は、正解を先に決めないこと。ばらつきを異常と決めつけて表に押し込めると、値引きの判断や、無理な納期を織り込む勘所まで消える。まず聞き取り、何が残すべき判断で、何がただの気分かを見分けます」
「まず現状のコストを測りましょう」とGeminiがROI Polygraphを開いた。共田氏から提供されたデータを入力する。
「月間のコストが出ました」とGeminiが読み上げた。「見積書の作成と仕様確認・再計算の工数が月平均百八十時間、時給三千七百円で月六十六万六千円。担当者ごとの価格差による失注と値引き過多が月平均四十二万円。仕様の聞き漏らしによる作り直しと差額負担が月平均三十六万円。ベテランへの確認待ちによる回答遅延が月平均三十二万円。過去見積りが個人の手元に散ることによる再利用不能が月平均二十八万円。合計で月二百四万六千円。年間換算で約二千四百五十五万円」
共田氏が数字を見つめた。「作成の手間だけ見ていました。値引きしすぎた分や、確認待ちで遅れて失った案件まで足すと、これほどとは」
「では、DESIGN THINKINGで設計します」と私が続けた。
[共感——なぜその金額にしたかを、本人から聞く]
「最初に、共感です」とClaudeが言った。「六名それぞれに、直近の見積りを開いてもらい、この数字はどこから来たのかを尋ねる。紙の在庫、機械の空き、客先の払いの良さ。表に載っていない材料が必ず出てきます。聞かずに作れば、それらは全部消えます」
[定義——ばらつきを、種類ごとに言い直す]
「次に、定義です」とGeminiが続けた。「聞き取った差を分けます。根拠のある差——機械の空きを見た値引き。消すべき差——単なる計算間違いと相場観のずれ。課題は価格が揃わないことではなく、根拠のある差と、ない差が混ざっていることです」
[発案——二十五年分の見積りを、材料にする]
「定義の次に、発案です」と私が続けた。「過去の見積りと受注の記録が二十五年分ある。仕様と金額と受注可否を結べば、勝ってきた価格帯が出る。AIが出すべきは唯一の正解ではなく、根拠つきの目安と、外れているときの警告です」
[試作と検証——出させて、直させる]
「最後に、試作と検証です」とClaudeが続けた。「有料の環境で数十件を実際に出させ、六名に採点させる。ベテランが違うと言った件は、なぜ違うかをまた聞く。回すほど、残すべき判断が仕組みに移ります。一度で完成させないことが、この手法の前提です」
[投資回収を試算する]
「ROI Proposal Generatorで試算しましょう」とGeminiが提案した。
- 初期費用:営業六名への聞き取り・過去二十五年分の見積りデータ整備・価格算出AIの構築・仕様入力画面の実装・試作反復と教育費用合計四百九十万円
- 月次費用:AI利用料・運用保守継続費合算月二十二万円
- 月次削減効果:見積書作成・再計算工数の削減=月四十七万円(七割削減想定)、価格差による失注と値引き過多の抑制=月三十四万円、仕様聞き漏らしによる作り直しの防止=月二十八万円、確認待ちによる回答遅延の解消=月二十四万円、合計月百三十三万円
- 月次純削減:百三十三万円-二十二万円=月百十一万円
- 投資回収期間:四百九十万円÷百十一万円=約四・四ヶ月
「四ヶ月強の回収です」とGeminiが整理した。「効くのは、標準化を先に決めず、まず聞き取った点です。表を作って押しつけると、ベテランは使わず、若手だけが縛られる。判断の理由を仕組みに移すから、六名とも使う。投資が空振りしません」
共田氏が数字を確認しながら言った。「良いAIを入れれば揃うと思っていました。理由を聞かないと、何を揃えるかも決まらない」
「DESIGN THINKINGは、まず聞き取ってから作る道具です」と私が応じた。
第三章:聞き取ってから作る導入計画
「進め方を整理します」と私がホワイトボードの前に立った。
「第一ヶ月——営業六名への聞き取りと、直近見積りの根拠の書き出し。第二ヶ月——差の分類と、過去二十五年分のデータ整備。第三・四ヶ月——価格算出の試作と、実案件での並行出力。第五ヶ月——六名の採点をもとにした調整と仕様入力画面の実装。第六ヶ月——全案件への切り替えと効果検証。第七ヶ月以降——受注結果の反映、議事録や企画書への応用」
「聞き取りに二ヶ月かけるより、早く作ったほうがよくないですか」と共田氏が確認した。
「聞かずに作ると、二度作ることになります」とClaudeが応じた。「表に押し込めた見積りは、ベテランが使わない。使われなければ、若手だけが縛られて、ばらつきは残ったまま現場の不満だけが増える。二十五年分の判断は、聞かなければ取り出せない。作る速さより、材料を集めることが先です」
共田氏がメモを取りながら言った。「揃える前に、なぜ違うのかを聞く。順序が見えました」
第四章:理由を聞いて、価格が揃った日
十ヶ月後、共田氏から報告が届いた。
見積りの作成は、AI適用後、大きく変わった。「仕様を入れれば、根拠つきの金額が出る。若手が表を何枚も引いていた時間が消えた」と共田氏は記していた。
価格のばらつきも収まった。根拠のない差だけが消え、根拠のある差は警告つきで残った。「機械の空きを見た値引きは、今も出せる。ただし、なぜ引いたかが記録に残る。あとから気まずくなることがなくなった」と報告書にあった。
最も大きな変化は、標準化の考え方に表れた。全部を同じにしようとする状態から、残す判断と消す差を見分ける状態に変わった。「揃える=表に押し込める、だと思っていた。理由を聞いたら、揃えてはいけない差があると分かった」と共田氏は記していた。
ベテランの参加も得られた。自分の判断が仕組みに入っていることが、抵抗を消した。「取り上げられると思われていた。聞き取りから始めたので、自分の勘所を若手に渡す話になった」と報告書にあった。
副次効果として、若手の育ちが速くなった。根拠が画面に出ることが、そのまま教材になった。「なぜこの金額かが表示されるので、二十五年分を数ヶ月で追えるようになった」と共田氏は記していた。
共田氏の報告書の最後にはこう書かれていた。「見積りの悩みは、担当者の腕の差だと思っていた。だが本当の問題は、価格のばらつきを直したいのに、なぜ人によって違うのかを聞いていなかったことだ。DESIGN THINKINGで聞き取った瞬間に、残す差と消す差が分かれた。揃える前に、理由を聞くことが先だった」
価格のばらつきを直したいがなぜ人によって違うのかを聞いていなかった会社が、判断を仕組みに移せる会社に変わった日、見積りの標準化は表への押し込みから、担当者の判断を聞き取って残すべき差を見分ける設計に変わっていた、と記されていた。
「標準化の相談は、たいてい『人によって違うのを揃えたい』という形で来る。だが揃える前に問うべきことがある。なぜ違うのかを、本人に聞いたか。DESIGN THINKINGが問うのは、共感と定義と試作の反復だ。聞き取れば、消すべき差と残すべき判断が分かれる。ばらつきを異常と決めていた会社が、理由を聞けた日、変わったのはAIの精度ではなく、作る前に使う人を観察する視点そのものだった」
関連ファイル
使用ツール
- ROI Polygraph — 見積書作成工数・価格差による失注と値引き過多・確認待ちによる回答遅延の可視化
- ROI Proposal Generator — 担当者の判断の聞き取りを起点にした見積り作成AI導入の投資回収シミュレーション